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アメリカ西部の自由と広がり

アメリカ西部の自由と広がり

旅の序章

数年前、ブルックリン在住の作家グリニス・マクニコルは、黄色い小さな車ととても大きな犬を連れて、アメリカ横断の旅に出ました。最年長のデュードランチ(カウボーイ牧場)で立ち寄ったとき、彼女は思いがけずワイオミングに恋をしたのです。広大な空間、夜明けに馬が小屋の前を通り過ぎる光景、そして人がほとんどいないことの強烈な感覚――それらが彼女に“自分のルールで自由に生きる”という新たな生き方を示しました。マクニコルはFathomのポッドキャスト『A Way to Go』で、子どもや夫がいなくても自分の旅を定義できる自由について語っています。

ワイオミングの広大な大地

翌日の午後、私たちはワイオミングへと入りました。標識には「Forever West」と書かれていました。前日、バッファロー・ギャップ・グラスランドを横断し、ウォールで一泊。翌朝はバッドランズ国立公園を通り、マウントラッシュモアとクレイジーホース記念碑を訪れました。

ワイオミングの空虚さは、まるで別の言語のようでした。家は見当たらず、遠くに見えるのは数台のトラックだけ。州境を越えた瞬間に携帯の電波は途絶え、南ダコタとは違う、文明がまだ届いていない“荒野”が広がっていました。もし何かあれば、最寄りの病院や空港まで何時間も車で走らなければなりません。海の広がりが陸に流れ込んだかのように、緑と金色の波が遠くまで続いていました。

バッファローへの道

沈黙の中、車は走り続けました。10分ごとに「本当に空っぽだ」「月みたいだ」と声が漏れ、ブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』の歌詞が頭に浮かびました。実は2008年にもこの地を通ったことがあり、デモクラティック・ナショナル・コンベンションからレパブリカン・ナショナル・コンベンションへ向かう途中で、サラ・ペイリンに関するニュースが流れました。ワイオミングは女性に最初に投票権を与え、1925年にネルリー・テイロウ・ロスが州知事に選ばれた歴史的な州でもあります。

やがて、荒れたトレーラーパークの列が現れ、私は「ワイオミングとメタン」について検索しようとしましたが、やはり電波は戻りませんでした。遠くに山々が見え始め、やがてそれは嵐の雲かもしれないと疑いました。30分後、バッファローという小さな町に車を止めました。静かな通り、広々とした庭に立つ大きな家々、校舎に併設されたフットボールスタジアムで土曜のロデオが告知されていました。時間が数十年だけ後退したような懐かしさが車内に漂いました。

町の中心部を走り抜けたとき、やっと携帯に電波が戻り、ジョーが予約したデュードランチの場所を検索しました。目的地はビッグホーン山脈の奥にあると知り、犬のレディが不安げにうなり始めました。

デュードランチでの出会い

道は岩が多く、雨が降り始め、砂利道へと変わっていきました。車は岩だらけの道で揺れ、遠くに巨大な岩壁が姿を現すと、ジョーは急ブレーキ。レディが吠える中、私たちはまるで海の上を走っているかのような感覚に陥りました。やがて、暗闇の中に灯りが見え、門をくぐると、馬のパドックと小さな家々が並んでいました。雨の中、窓を叩く音がして、窓を開けると大きな帽子をかぶった細身のカウボーイが顔を出しました。

「作家さんですか?」と彼は笑いながら言いました。

「はい!」と私たちが答えると、彼は「ようこそ!案内します。もしくはサルーンに直接入っても大丈夫です」と言い、闇の中へ姿を消しました。

書籍紹介

No One Tells You This(『誰も教えてくれないこと』)は、グリニス・マクニコルが綴る旅と自己発見の回顧録です。上記の抜粋は作者の許可を得て掲載しています。


トラベルノート
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