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深淵へ

序章:雨の中の夜

ダンと私は交代でテントを出て雨の中を走り、緊急的にトイレへ向かった。体調が悪化するたびにキャンプマットに横たわり、屋根に打ち付ける雨音を聞きながら、アプリマック川の増水を想像した。胃の中で蛇のように蠢く不快感に苦しみつつ、暗い岩壁の間を流れる茶色い水の波に心が揺れた。私たちはまだ『アビスモ(深淵)』の中にいた。

ペルーでのカヤック旅

ペルーに来てほぼ二週間。標高の高い南西部の砂漠で、コルカとコタウアシの渓谷をカヤックで下り、ダン・イェイツとルイジ・カテリアーノという二人の水の守り手と共に旅をした。星空の下、砂浜で語り合う彼らの川への情熱は、昼間の急流と同じく私たちの心を揺さぶった。

コルカ渓谷では、穏やかな白水が岩壁の抽象的な地形を映し出し、狭い空の帯の中でコンドルが旋回した。壁が垂直でない場所では、数百メートルにわたる急な岩礫斜面が視界を奪い、想像だけで足を止めた。

渓谷の奥深くでは、巨大な壁と過酷な景観が私たちの依存心を映し出した。カヤックと装備への絶対的な信頼が、短いながらも濃密なコミットメントを生み出した。

コタウアシからアビスモへ

コタウアシを離れたとき、ルイジは旅路から去った。ダンと私はアプリマック川のアビスモ渓谷へ向かう重みをすぐに感じた。遠く離れた場所での過酷な渓谷は、さらなる露出と危険を意味した。

ペルー高原へ北上し、クスコに近づくにつれて空気は薄くなった。これまでの速いペースと順調なパドリングに自信を持ち、白い峡谷(ホワイトキャニオン)を三日間のラフトツアーでなく、1日で下り切り、続くアビスモを同じ日に攻略し、チョケキラオ遺跡を訪れ、最後に道路橋までゆっくりと下る計画を立てた。

白い峡谷の偵察

ホワイトキャニオンはリコンミッションのようだった。アプリマック川の雰囲気を掴むための軽い味見。垂直と水平の比率は似ていたが、植生が豊かで、岩は灰色から緑の森へと変わっていた。

水上では、技術的な岩礫群が次々と現れ、数カ所で川が急勾配になり、壁が一瞬閉じる瞬間があった。6時間後、プエンテ・クニャック橋をくぐり、白い峡谷の終点に到達した。

その夜、灰色の雲が空を覆い、遠くで雷鳴が鳴り響く。下流に待つアビスモは、雨が降ると予想外の変化を見せるかもしれないという不安を抱かせた。

雨と闇の中での挑戦

翌朝、静かに出発。成功の尺度は渓谷から無事に抜け出すことにあった。霧に包まれた平坦な水面を進み、硬い鉱物が奇怪な形で岩壁に残っていた。白水が始まるのを待ちつつ、心は不安で揺れた。

雨は予想外に激しく、川は濁り始めたが、私たちはまだ「小雨」程度だと楽観的に考えていた。

白水が出始めると、チョコレート色の水が混ざり、最初の渓谷はまだ管理しやすいレベルだった。30マイル先の橋へ向かう意欲は高まった。

しかし、急流は次第に増し、巨大な岩の間に川が消えることが頻発した。安全なルートが見つからないときはポートラジ(陸上搬送)を余儀なくされ、時間と体力を奪われた。

暗闇が深まる中、川の流量は増し続け、光が失われた。大きな岩の間の砂地にテントを張り、上空の森は雨に揺れた。

心の葛藤と再起

テントの中で、故郷や恋人、犬のイメージが頭をよぎったが、すぐにそれらを追い払った。恐怖と向き合い、目的に集中することが唯一の道だった。

翌朝、2マイルの距離を4時間かけて橋へ向かった。長い急流と重いポートラジが疲労と意志の低下を招いたが、正午に橋に到達し、遺跡へのトレイルとティーハウスで休息を取った。

雨は再び激しくなり、夜になると蛇のように体がうねり出した。嵐の音が屋根に打ち付け、トイレに何度も駆け込む日々が続いた。

最高のカヤック体験へ

体と心が弱っている中で、次の日の川はこれまでで最高のカヤック体験へと変わった。膨れ上がった川は巨大な壁とトロール顔の岩の間を駆け抜け、ダンの瞬時の判断に身を委ねた。

私たちは岩の下に流れが消える前に必ず止まり、安全な渦と余裕を確保しながら進んだ。絶え間ない判断と行動が、疲労と空腹の中でもフロー状態を生み出した。

結局、すべての不快感は急流に洗い流され、疑念は美しい苦難の中で溶けていった。

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