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アイスランド・ホーンストランドィルでの帆船とスキー探検記

出航前の静かな夜明け

錨の音が私を目覚めさせた。紙のように薄いキャビンの壁を通して、重いチェーンが上向きにガタガタ鳴るエンジンの音が聞こえる。時計を見ると午前6時。出航までまだ2時間ほどある。山から吹き下りる強い下り風で、前夜は何度も錨を下ろした。キャプテンのオリが舵室で、ラキが甲板でチェーンを再調整している姿を想像しながら、騒音が止むのを待ち、残りの仮眠に入った。

朝の航海と壮大なフィヨルド

目を開けたとき、もうチェーンの音は聞こえない。エンジンの低いうなりと船体の揺れが、我々が海に出たことを告げていた。狭いクローゼットほどのキャビンを慌てて着替え、甲板へ走り出す。そこに広がっていたのは、光に照らされた波がキラキラと揺れる広大なフィヨルド。その奥には、真っ白な春雪に覆われた山々が、シマ模様のように斜面を彩りながら海岸まで続いていた。右舷側には巨大な岩壁がそびえ、背後からは雲が液体窒素のように流れ落ちていた。私はしばらくその光景に見入った後、カメラと三脚を手に取り、舵室で笑顔を見せるオリに合図した。

時間経過撮影の苦労と仲間たちの活動

揺れる船上で雲のタイムラプスを撮ろうとしたが、結局は「記憶に残る絶景」だけになってしまった。下のデッキに戻ると、10人のメンバーがスキー装備を整理し、狭いスペースで昼食の準備に追われていた。山小屋のような光景だが、帆船の上という点で非日常だった。

Arktika – 移動型ベースキャンプとしての船

全長18メートルのArktikaは、アイスランド最北端のホーンストランドィル自然保護区へスキーで探検する拠点として最適だった。北大西洋に突き出したこの未踏の地は、ヨーロッパ最後の原生地帯のひとつ。鋼鉄製の船体は北緯の過酷な環境に耐える設計で、シンプルながら実用的な美しさを備えている。遠く離れた場所でも快適に過ごせる移動型ベースとして、デザインにこだわる人々に強く訴える。

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参加者と目的

イングランド南部から来たスキー経験が浅いグループが、伝説のArktikaで「火の洗礼」とも言える遠征を企画。熱意、礼儀正しさ、チーム志向が光り、私の写真・執筆経験を活かす役割を快諾した。

スキーと帆船の二重体験

これまでにフィヨルド間をスキーで移動し、毎回山の奥へ進んでは船へ戻るというサイクルを繰り返した。天候は風・雨・雪が程よく混ざり、過酷すぎず挑戦的でもあった。船上でカードゲームやアイスランドのラガーを楽しみながら、低気圧の通過を待つ日々。10日間の旅の中で、低気圧が次々と北岸に打ち寄せるのを間一髪で回避できたのは大きな運だ。

フィヨルドでの出発

エンジンルームから乾いたブーツインナーやスキン、手袋を取り出し、デッキではプラスチックのカタカタ音が鳴り響く。全員がスキー靴を履き、ブーツの金具を締める様子は、フィヨルドの真ん中で装備を整えるという非日常感が際立っていた。オリがArktikaから小型ボートを押し出し、エンジンを掛けると、私たちは再び朝に背中を押されたあの景色へと向かった。太陽の光が水面に跳ね、笑顔が映り込むサングラスが輝いていた。

上昇と氷雪の危険

高度が上がるとサングラスが曇り、汗がスキーに滴り落ちた。ホーンストランドィルの春はすでに本格的で、ブローハンユークル(西フィヨルド最高峰)を目指す途中、斜面は熱で緩み、雪崩やコーニス崩落のリスクが高まっていた。ガイドのラキとラニが注意深く地形を確認しながら進路を選んだ。

岩場と凍結した斜面の挑戦

数時間にわたり、急斜面を回避しつつ尾根を辿った。スキーをリュックに装着し、岩の稜線を登る場面もあった。雪解け水で濡れた火山性の砂利は足元を不安定にしたが、風と絶景がその不快感を上回った。

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頂上での眺望と下山

稜線を越えると、白銀の斜面が広がり、マシュマロのようなコーニスが壁を飾っていた。そこからは、春の暖かさと対照的に、氷雪の静寂が広がっていた。下山は想像以上に過酷で、筋肉の燃焼音と息遣いが響く中、岩の谷間を慎重に降りた。最終的にArktikaが視界に入ったとき、どのルートで海岸に戻るかの選択が迫られた。決断後は雪のリボンを駆け抜け、草むらを横切り、無事にフィヨルドへと戻った。

最後の探索と感想

長い日照時間のおかげで、最後のスキー後にArktikaのクルーはハラフンスフィヨルド上流の谷へ徒歩での探検を提案。数時間後、壮大な滝と曲がりくねった川が織りなす絶景に出会い、チームは夕陽の中でアイスランドの民話に耳を傾けた。全員が満足げに笑顔を交わし、今回の旅は「勝利の手札」だったと実感した。

トラベルノート
  • ドラゴンブレスを漕ぎ出す

    テントの側面に鼻を押し付けたまま目が覚める。氷がはがれ、草の上にカラカラと落ち、テントの扉を開けるとさらに氷が滑り落ちる。外を見ると、ウェールズの山々の頂に深いオレンジ色の光が差し込み、雲一つない空は海の青から北極の青へと変わり、パドルボードは氷の彫刻のように凍りついている。標高約600メートル、ブラックマウンテン山脈の最高峰すぐ下での4月、寒さは当然だが、想像以上に凍てつく寒さに驚く。コーヒーのストーブを点けた瞬間、目の前に現れたのは――ドラゴンブレス。その光景に息を呑む。 計画の始まり ちょうど1年前、ブラックマウンテン山脈の最高点ファン・ブリチェイニオグの尾根を歩いていた。南側からゆっくりと上がり、北東へと急峻に崩れ落ちる姿は壮大だ。その下にあるのが、ブラックマウンテン山脈(黒山脈とは別)に位置する二大湖のひとつ、リュン・イ・ファン・ファウルだ。 前回訪れたときは強風と横雨で視界は数歩先しか見えなかった。事前にレンジャーから聞いた話――湖は標高400メートル下にあり、朝日の光が岩壁の稜線を金色に染め、時折霧が水面に漂う「ドラゴンブレス」と呼ばれる現象が起きる――を確かめたくなった

  • 深淵へ

    序章:雨の中の夜 ダンと私は交代でテントを出て雨の中を走り、緊急的にトイレへ向かった。体調が悪化するたびにキャンプマットに横たわり、屋根に打ち付ける雨音を聞きながら、アプリマック川の増水を想像した。胃の中で蛇のように蠢く不快感に苦しみつつ、暗い岩壁の間を流れる茶色い水の波に心が揺れた。私たちはまだ『アビスモ(深淵)』の中にいた。 ペルーでのカヤック旅 ペルーに来てほぼ二週間。標高の高い南西部の砂漠で、コルカとコタウアシの渓谷をカヤックで下り、ダン・イェイツとルイジ・カテリアーノという二人の水の守り手と共に旅をした。星空の下、砂浜で語り合う彼らの川への情熱は、昼間の急流と同じく私たちの心を揺さぶった。 コルカ渓谷では、穏やかな白水が岩壁の抽象的な地形を映し出し、狭い空の帯の中でコンドルが旋回した。壁が垂直でない場所では、数百メートルにわたる急な岩礫斜面が視界を奪い、想像だけで足を止めた。 渓谷の奥深くでは、巨大な壁と過酷な景観が私たちの依存心を映し出した。カヤックと装備への絶対的な信頼が、短いながらも濃密なコミットメントを生み出した。 コタウアシからアビスモへ コタウアシを離れたとき

  • 限界を超えて

    はじめに 『氷ではないはずだ』――それが私の最初の直感だった。なぜそれが可能性として浮かばなかったのかは分からない。ネパールに到着してから、天候の悪化でフライトが遅れ、計画の窓が狭まっていた。私たちの目標は、ライアンとリノが『Great Himalaya Trail(GHT)』の一部で最速記録(FKT)を樹立することだった。西から東へ、ヒマラヤとその麓を横断し、総距離1,400km、累積標高差70,000m以上を走破する計画だ。 二年前にライアンがこのアイデアを持ちかけたとき、私はすぐにロマンを感じた。『横断』と『ヒマラヤ』という言葉だけで、無数の映像と感情が頭に浮かんだ。人類の遊牧的な根源と、現代の定住生活に対する不安――それらは私の映像制作のテーマでもあり、ヒマラヤほどそれを体感できる場所はないと確信していた。困難は予想していたが、実現は可能だと信じていた。 氷の道と危機 ハイキングを始めて二日目、私たちはヒルサ村のすぐ下にいた。ここが出発点だった。目の前に広がる青い氷の帯は、緩やかな斜面で、1,000フィートの空中へと滑り落ちる危険な道だった。登山用具はなく、ランニングシューズと