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全米を駆け巡るエアストリーム体験

自宅を道路や水面に持ち出すとしたら、どんな感じだろうか。作家のJames Sturzは、荒々しくも美しい米国西部でエアストリームとハウスボートの暮らしを満喫した。

旅の始まり – アリゾナ高速道路

アリゾナ州の高速道路を東へ走り始めたのは、私にとって初めてのトレーラー牽引体験だった。赤い砂岩の台地を横切り、トラックが次々と追い越す中、私たちはラスベガスの駐車場でAirstream 2 Goの光り輝く艦隊に目を奪われた。

銀色に包まれたキャンディーのようなトレーラーは、クイーンサイズのベッド、キッチネット、バスルーム、シャワーと、まるで小さな家そのもの。装備の説明に二時間かかり、プロパンタンクや給水ポンプ、スタビライザージャック、バッテリーシステムの使い方を学んだ後、403馬力のGMC Yukon Denaliに牽引して出発した。

全米を駆け巡るエアストリーム体験

エアストリーム艦隊と家族、出発前の様子。

歴史に触れる – リンダ・バード・ジョンソンの旅

1965年夏、当時大統領の娘であったリンダ・バード・ジョンソンは、アメリカ横断の8州ツアーをエアストリームで行い、2,900マイルを走破した。その様子は『National Geographic』に31ページの特集として掲載され、タイトルは「I See America First」だった。彼女はこう語っている。「先祖は覆い車で西部を見た。私が見たのは覆い車の後継、トラベルトレーラーだ。」

1931年に初めて製造されたエアストリームは、米国の道路と文化に深く根付いている。1963年製のモデルはニューヨークのMoMA常設コレクションに収蔵されているほか、映画や書籍でも頻繁に登場する。トム・ロビンズの『Skinny Legs and All』に登場する巨大な七面鳥形エアストリームは特に印象的だ。

全米を駆け巡るエアストリーム体験

広がる道路。

現代のエアストリーム – Airstream 2 Go の登場

昨夏、エアストリームは新たな形で手軽に利用できるようになった。ロサンゼルス、ラスベガス、モンタナ州ボーズマンに拠点を持つAirstream 2 Goは、家具付きトレーラーと牽引車、オプションの旅装備をレンタルできるサービスを提供している。

家族で巡る西部の名所

私たちは、ノースカロライナ州出身の姪と甥、アルゼンチン出身の妻と共に、初めて米国西部を訪れた。最初の目的地はグランドキャニオン。北リムのカイバブ国有林にあるキャンプ場でトレーラーを止め、松とカエデに囲まれた自然の中で夜を過ごした。

全米を駆け巡るエアストリーム体験 全米を駆け巡るエアストリーム体験

グランドキャニオンでの様子。

昼はハイキング。70年もの老朽化した120フィートの展望塔に登り、森全体を見渡す絶景を堪能した。これが旅のメタファーとなり、私たちは「見る」だけでなく「体験」することに目を向けた。

エアストリームの内部 – デザインと快適さ

トレーラーに乗り込んだ瞬間、外観だけでなく内部の仕上がりにも驚かされた。サンフランシスコのデザイナー、クリストファー・C・ディームが手掛けたインテリアは、コンパクトながらも機能的で、ベッドシーツはパリッと、キッチンは最新装備が整っている。荷物は多いが、すべてがきちんと収まる仕組みが巧妙だ。夜は外でバーベキュー、星空の下でエアストリームを星座に見立てて語り合った。

全米を駆け巡るエアストリーム体験

副キャプテン・ポーラ。

湖と水上生活 – レイクパウエルへ

カイバブ国有林を後にし、アリゾナ・ユタ州境にあるレイクパウエルへ向かった。湖岸は1,900マイルに及び、西海岸全体よりも長い shoreline が広がる。そこで数日間、エアストリームをハウスボートに乗り換えて川の切れ目を航行した。ティーンエイジャーはチューブで遊び、私たちは新たな電源装置やインバーターの操作に挑戦した。

陸と水、二つの巨体が競い合う様子はまさに壮大なドラマ。虹の橋(Rainbow Bridge)という世界最大の天然橋を前に、自然の力に圧倒された。

全米を駆け巡るエアストリーム体験

虹の橋。

最後の目的地 – ザイオン国立公園

帰路の途中、ザイオン国立公園に立ち寄った。キャニオニング、サイクリング、ハイキングを楽しみ、ビッグホーンシープやムースディア、野生の七面鳥に出会った。長さ1マイルのザイオン・マウント・カーメル・トンネルは大型車両に有料通行料が課せられ、一時的に一方通行になるほど混雑した。

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ザイオン国立公園。

全米を駆け巡るエアストリーム体験

ザイオンでの生活。

RVパークに泊まり、50アンペアの電源と無制限の水を確保した。周囲の大型RVはテレビ5台や屋外用スクリーン、暖炉付きキッチンなど豪華だが、私たちのエアストリームは相変わらず光り輝いていた。

旅の余韻

帰路のハイウェイで、再び18トラックを追い抜いた瞬間、初めての右折を思い出した。新しい景色と新しい暮らし方を体験したこの旅は、私たちにとってかけがえのない記憶となった。

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出発前に、Jamesと家族はThe Cosmopolitan of Las Vegasに宿泊した。


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