アラスカで魔法を探す旅
序章:蚊の恐怖と旅の疲労
蚊の大群が絶え間なく鳴り続け、皮膚をかゆく刺す音はまさに白い騒音。美しい景色がこんな恐怖に覆われるのはなぜだろうか。ネットを持ってくるべきだったと後悔しながら、頭の中で "human" という言葉が何度も繰り返され、正気を失いそうになる。
サイクリングからの脱却
2012年後半、米国とカナダを自転車で横断する旅に出た。8か月後、アラスカのデナリ国立公園近く、スタンピード・トレイル上にある "魔法のバス" の場所にたどり着いた。クリストファー・マッカンドレスが自然の中で生活し、最終的に餓死したとされるバスだ。最寄りの町から20マイル離れ、鹿やグリズリーベア、2つの川渡り、広大な緑が唯一の仲間だった。
サイクリング生活は8か月続いたが、心身ともに限界を迎えていた。孤独と同じ作業の繰り返しに疑問を抱き、自己中心的なのかと自問自答した。そんな中、フェアバンクスで自転車を止め、英国訛りで受付係を笑わせて荷物を預かってもらうという小さな成功体験があった。
『イントゥ・ザ・ワイルド』とマッカンドレスへの思い
18歳のときに読んだ『イントゥ・ザ・ワイルド』は、現代の忙しさから離れ、シンプルさと自給自足を求める若者の物語だ。アラスカの地元住民はマッカンドレスを「現実を知らない夢想家」と見なすが、観光客が同様に無計画で危険に陥る姿に対する不満も同じだ。
徒歩での小旅行:魔法のバスへ
フェアバンクスのスーパーで24本入りのグラノーラバーを買い、カメラバッグと小さなテント、ランニングシューズ、5mmの薄いフォームマットだけで、2日間の徒歩旅行を計画した。夏至の時期で、真夜中でも太陽は沈まず、まさに "ミッドナイトサン" の光景が広がっていた。
出発から数マイル進んだところで、やはり蚊の大群に直面した。デートのチューブが唯一の救いだった。さらに頭を悩ませたのは "HUMAN" という言葉を繰り返し叫ぶこと。ベア・カントリーでは人間の声が熊を遠ざけると信じられているが、30秒ごとに自分で自分を呼び続ける単調さは精神的に過酷だった。
テクラニカ川の挑戦
バスのすぐ近くにあるテクラニカ川(通称 "テク")は、マッカンドレスが1992年4月に低水位で渡り、7月に再挑戦した際は水位が上がりすぎて帰還した場所だ。私も同じ川に挑むことになった。
太く丈夫な棒を前に持ち、足を広げて上流側を向き、まるで人間の三脚になるようにして川を横切った。途中、激しい流れで右足が押し流され、バランスを崩す瞬間が何度かあったが、棒が支えとなり何とか渡り切った。
川を渡り終えると、1992年のマッカンドレスの状況を想像した。飢え、病、疲労、弱さ――それらがもたらす恐怖と孤独は計り知れない。
魔法のバスとの出会い
森と岩だらけの道を進むと、やがて開けた草原にバスが姿を現した。外壁には弾痕や破損、内部は盗まれた痕跡があるが、緊急用の食料や毛布、訪問者のサインブックが残されている。日本やネブラスカ、エジプトからの訪問者の記録が並び、シンプルに暮らしたい人々が自然に引き寄せられる場所となっている。
冬になると太陽は姿を消し、火と灯りが唯一の救いになる。夜の寒さと孤独は、夏の光と対照的だ。
帰路と余韻
バスの外でテントを張り、夜は "HUMAN" と叫び続けたが、朝日がテントを照らすと、再びグラノーラバーとデートのチューブだけが残された。フェアバンクスに戻ると、足は水ぶくれだらけで痒みが止まらないが、旅の価値は十分にあった。
マッカンドレスが遺した言葉 "幸福は共有されて初めて本物になる" は、私たち全員への重要なメッセージだ。




