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ブリザード:バッフェン島一周の犬ぞり遠征

序章:嵐の警報

衛星通信機がビープ音と緑のライトで新着メッセージを知らせた。「本日、時速90kmの強風とブリザードが予報されている。雪壁を作れ」――イカルイト(キャンプから150km南)からの友人からの連絡だった。

赤いトンネルテントの中で、二つのストーブが雪を溶かし続ける。熱いチョコレートをマグカップで握りしめ、テントの布がかすかに揺れる。旅は順調で、スケジュールは前倒し、天候は冷たく穏やか、犬たちも元気だ。まだ遠征の序盤で、できるだけ距離を稼ぎたい私たちは、嵐に足止めされるわけにはいかなかった。

出発と背景

四日前、パートナーのエリック・ブーマーと私は、13匹のカナダイヌ(イヌイット犬)をハーネスで装着し、カナダ・ヌナブト準州イカルイトを出発した。目的はバッフェン島(世界で5番目に大きい島)を犬ぞりで一周することだ。親であるポール・ランドリーとマティ・マクネアが4か月かけて達成したルートを、25年の時を経て再現しようとしていた。

ブーマーは白水カヤックのエキスパートで、エルスミア島を100日間スキーとカヤックで回った経験がある。私自身も南北極へのスキー遠征、グリーンランド横断、北西航路での85日間のカイトスキーなど、多数の極地遠征歴がある。しかし、このバッフェン島一周は、時間・距離ともに二人にとって最大の挑戦だった。

テント設営と凍てつく夜

ブーマーがバーナーのガスを止め、炎が消えると同時に、外の空気が凍えるように冷たくなった。昨夜はマッキーン川の深い谷にテントを張ったが、現地のイヌイット友人ミーカが「川辺はいつも寒い」と警告していた。疲れ果てて谷を抜け出す気力がなく、そこが今夜の拠点となった。

平均気温は-35℃から-40℃。こんな極寒では、適切な防寒、頻繁な食事・水分補給、そして体を常に動かすことが唯一の生存策だ。

出発準備

テントの外でブーマーと私は血液循環を促すためにその場で走り回り、体を温めた。続いて、親が残した13.5フィート(約4.1m)の木製ソリを組み立える。ソリは犬の餌、食料、装備すべてを収容できるサイズだ。

アヴェン(雌犬)を首輪で持ち上げ、色分けされたトレース(牽引ロープ)に装着した。続いてアイヴィック、ビアンカ、アヴィックらをハーネスに通し、スキーを履いてソリの後部にしがみつく。

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ブリザードとの遭遇

「ハイク!」とブーマーが号令をかけ、犬たちは勢いよく走り出した。ハル半島の北東へ向かうにつれ、風は次第に強まり、視界は雪の壁でほぼゼロに近づいた。標高約600mの無樹高原は、急激な天候変化で有名だ。

昼食後、風速は予報の90km/hをはるかに超え、視界は完全に遮られた。ソリの後ろに身を潜め、凍ったトレイルミックスを頬張り、ブーマーは温かいオニオンスープを飲んだ。犬たちは顔を風から守るように丸まっていた。

近くにキャンプできる平坦な場所は見当たらず、2km先の凍った湖が唯一の避難所と判断したが、風はさらに激しさを増し、犬たちは進むべきか迷い始めた。

指示「ジー(右)!」を叫びながら左側へスキーで誘導したが、犬は180度方向転換し、急斜面を下り始めた。ソリのトレースが足元に絡み、私の太ももと足首がソリの下に挟まれ、転倒。足がはさまれたまま坂を後退し、重さ約700ポンド(約320kg)のソリが体に圧し掛かる。

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息が詰まるほどの叫び声と共に、足がさらにソリに挟まれた。岩に衝突すれば足が粉砕される恐れがあったが、奇跡的に骨折は免れた。ブーマーは必死に犬たちを止めさせ、全員が横になって休むまでサポートした。

救出と再出発

ブーマーが手袋を失くしたと叫び、私のスキー棒が50m離れた地点に落ちているのを確認した。足の痛みはあったが、慎重に体重をかけて斜面を這い上がり、失われた装備を回収した。

キャンプ場所がないため、再び犬たちを回転させて斜面を上がり続けたが、数分後に再度Uターンを試みた。ブーマーはソリのブレーキをかけ、犬たちを止めた。「もうだめだ!」と互いに同意した。

150kmほどイカルイトから離れた地点で、外部からの救助は不可能だった。嵐の中、私たちは自力で対策を練り、風上に向かって氷スクリューで固定したヒレバーグテントに身を潜めた。犬たちは餌を与えられ、眠りについた。

最後のストロガノフの一口と熱いチョコレートで体力を回復し、再び旅路へと踏み出した。

結末と教訓

父母が1990年の遠征で残した黒いジャーナルに「一つの課題を乗り越えると、すぐに次の課題が現れる」と書かれていた。116日、約4,000kmの旅路で、オーロラや小さなコミュニティの温かさ、13匹の犬との絆が私たちを支えた。

出発から120日後、痩せ細り、睡眠不足だったが、笑顔でイカルイトに戻り、バッフェン島一周を成し遂げた。


この物語は Sidetracked Volume Six に掲載されたものです。

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