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カヤックで巡る島々:バハ半島エスプリトゥ・サントの旅

序章

ここは風もなく、熱の揺らめきとともに島々の輪郭が絶えず変わる。まるで空が大地を吸い上げるかのような、夢のような光景が広がる。バハ半島をカヤックとハイキングで八日間巡り、何千年も前にこの乾燥した楽園に住んでいた人々の足跡に思いを馳せる。

旅の始まり

2005年に初めてバハ半島へカヤックで向かったとき、エスプリトゥ・サント島とバイア・マグダレナを訪れた。数千年もの間ほとんど手つかずだったこの半島は、サンディエゴの南に約800マイル伸び、中央アメリカ本土から徐々に離れつつある。最初の訪問でジンベエザメと泳ぎ、シロナガスクジラに間近で出会い、この静寂な場所の魔法を体感した。

エスプリトゥ・サント島へ

十年後、再びカヤックを屋根に乗せて南へ向かう。島はラパスから約20マイル北に位置し、かつては「真珠の島」と呼ばれた。1632年にフランシスコ・デ・オルテガが「エスプリトゥ・サント(聖霊の島)」と名付けた。赤・黄・白・黒の火山層と花崗岩が重なり、東側は何百メートルもの断崖と海蝕洞窟、西側はエメラルドのような透明な海と浅いターコイズの湾が広がる。

クジラとの出会い

ラパスを出発し、バランドラ岬でキャンプした翌朝、バハ・プエルト・バランドラの湾でミンククジラの鳴き声と水しぶきを聞いた。夜明け前の薄明かりの中、崖の端へ歩き出て30分間、巨大なクジラの噴水を見つめた。彼らはまもなく北上し、栄養豊かなアラスカの海へ向かう。

カヤックで巡る島々:バハ半島エスプリトゥ・サントの旅

キャンプと謎の痕跡

サン・ロレンゾ・チャンネルを横断し、エスプリトゥ・サント島の東岸へ向かう。プンタ・モリトスと白い砂浜のプラヤ・ラ・ボナンザを通り、プンタ・エル・パイレボテで上陸し、岩礁のビーチにテントを張った。潮位が上がる前にカヤックを砂の上へ引き上げたとき、岩の間に二本の溝と小さな凹みを見つけた。そこには十数羽のハゲタカが集まっていた。

近くで死んだカメ二匹が見つかり、数日以内に死んだことが分かった。人間の手によるものと確信し、カメに哀悼の意を捧げ、ハゲタカに「人間の残した供物を有効に使え」と語りかけた。

火山岩のハイキング

翌朝、スコリアの火山岩帯を登り、軽い岩が足元で転がる危険な道を進んだ。風の音と遠くの鳥のさえずりだけが聞こえる中、広大な無音が心に迫る。荒涼とした景観は、生命と死の境界がほとんど見えないほどに厳しい。

カヤックで巡る島々:バハ半島エスプリトゥ・サントの旅

ラ・サリニタ湖の眺望

数百メートル上空から見ると、ラ・サリニタ湖はエメラルドグリーンの水がウルトラマリンの中心を取り囲み、砂と水が混ざり合う茶色の帯が広がる。白い砂のリングは、湖の長い歴史を刻む年輪のようだ。

ロック・アイランドでのアシカ

翌朝、ロス・イスロテスへ向かい、アシカの繁殖地で子アシカと遊んだ。600ポンドのオスが現れ、支配的な鳴き声で仲間を統べたが、すぐに子アシカと私は再び無邪気に追いかけ合った。

海中の光景

水面下では、何千匹ものイワシがサバやグルーパーに追われ、光のカーテンのように揺れる。銀色の壁の中で泳ぎ、磁石のように同極の力で自分を押し返す感覚を味わった。二時間ほど潜り続け、人間の限界を痛感した。

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旅の終わりと感慨

八日目、バランドラ岬に戻り、ラパスへ向かうカヤックを漕いだ。エスプリトゥ・サント島は水平線に静かに佇み、時間の流れが異なるように感じられる。私たちの短い人生と比べ、ここは不変の壮大さを保ち続ける。数千年後、同じ砂浜に立つ誰かが、今と同じ景色を見ているだろうと願う。


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