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シチリア島の神話と妊娠の旅

シチリア島の神話と妊娠の旅

はじめに

すべてのロマンチストへ。豊穣の三日月はシチリア島にあるかもしれません。

エリチェ(シチリア)— 夫と私は、私の祖母の85歳の誕生日を祝うためにシチリアを訪れました。妊活を始めて半年が経ち、父の故郷であるシアッカと、子どもの頃に聞いた伝説や教会を体感したいと思っていました。

家族を訪ねる旅行では観光が後回しになることが多いですが、私はリストを忘れませんでした。セリヌンテの神殿、モンレアーレ大聖堂(モザイクタイルがきらめく)や、パレルモの通りを歩き、ヴッチリア市場でペッパーノチーノを買うことも計画に入れていました。

エリチェのヴィーナス神殿へ

特に重要だったのは、シアッカから車で約1時間半の場所にあるエリチェのヴィーナス神殿です。エリミ人(ギリシャ人より先にシチリアに上陸した先駆者)が愛と多産を祈願する神殿を築き、フェニキア人、ギリシャ人、ローマ人といった多くの文明がこの山岳地帯で多産儀式や儀式的売春を行っていました。インターネット上の情報によれば、受胎を願う人にとってはこの場所ほど相応しい場所はないそうです。私は夫に「美しく保存された遺跡と素晴らしい眺めがある」とだけ伝えました。

家族との旅とエリチェへの脱走

シチリア旅行は父と母と一緒に行きました。父なしでシチリアに行くのは考えられません。夜はディナーや広場の散策、アグリジェントの神殿の谷で古代の神々が植えたとされるヒノキの木陰でエスプレッソを楽しみました。

シチリア島の神話と妊娠の旅

エリチェへは親を置いて行くのは難しいと分かっていましたが、私の「妊娠を願う神話的ミッション」だけは二人だけで行きたかったのです。昼食の赤ワインで酔いが回り、母と父がシエスタの準備をしているときに、私は突然「車に乗って行く」とだけ言いました。何とか抜け出し、海岸線の高速道路を走りました。

エリチェに着くと、まるで天国への階段を登るような感覚です。標高が高く、岩山には常に雲がかかっています。マジパンの忍者タートルや、車輪に乗った小さなネズミのようなお土産が並ぶ魅力的なペストリーショップを通り抜け、ノルマン城が今は占める神聖な場所へと続く長い散歩道があります。霧の向こうに見えるトラパニの塩田を眺めながら、私は電流が走るような高揚感を覚えました。

その場所で、私は夫に密かな計画を打ち明けました。「古代の女性の力が宿る場所へ行く」というロマンチックな企画です。夫はむしろ魅力的だと感じ、二人で静かに帰路につきました。帰宅後、祖母の家で「ガイドブックに載っていた中世のスポットを見に行っただけ」と説明し、真意は伏せました。

妊娠の奇跡とその後

翌月、私は妊娠が確認されました。妊活に苦しむ友人には、エリチェの石畳の写真を送って「ここで瞑想してみて」と勧めています。実際に訪れるほどではないかもしれませんが、そこには何かしらの魔法があると信じています。

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