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巨大な猫とバスシェルターでのインド冒険記

熱中症とモンスーンのはじまり

頭がぼんやりし、バスシェルターの床に横たわると、塩素のにおいがするぬるい水が全身を覆っていた。3日間で2度目の熱中症に見舞われ、吐き気と足・背中の激しい痙攣に苦しんだ。人生の選択に疑問を抱くほどだった。

ベンガル湾の灼熱の海岸を離れ、ジャリ魚に刺されながらインド南部を横断する旅を始めてからたった7日。タミル・ナードゥ、カルナータカ、ケララを経て、ベンガル湾からアラビア海へ向かう計画だった。

嵐の中の岩場

二週間後、ついにモンスーンが本格化した。暗い雲が地平線に垂れ込み、砂岩の丘を下りると稲田が広がり、稲妻が平原を走った。私たちは熱帯の暑さの中で長時間歩いた後、景色を撮影しようと丘の頂上へ向かったが、暗くなり始めたことに気付くのが遅すぎた。キャンプできる場所はなく、滑りやすい岩盤を這いながら下山するしかなかった。

足元の草は腰まであり、携帯電話の画面だけがかろうじて光源だった。突然、上の岩に光る大きな目が映り込み、私たちは凍りついた。ヒョウの可能性もあったが、すぐに姿は消えた。フラッシュで撮影しようとしたが、写真には何も映らなかった。

バスシェルターでの夜

雨が降り始め、私たちは最寄りの村へ向かう途中でバスシェルターに避難した。翌朝、数百頭のヤギが道路を横切り、羊飼いや地元の役人、興奮した犬が見守っていた。

ヤギの群れに続いて丘を上がると、乾いた熱帯林が広がり、やがて巨大な象の足跡と糞が見つかった。遠くでバンブーが折れた音が響き、私たちは象の群れを驚かせないよう慎重に近づいた。そこには手錠をはめられた雄象と2人の飼育員がいたが、保護区からわずか2km離れた場所で捕らえられている姿に胸が痛んだ。

食事と予算

私たちは1日あたり約£1.50(約200ルピー)でやりくりし、ほとんどの夜は野原で寝袋とロールマットだけで過ごした。モンスーンの雨が降ると道路脇のバスシェルターで眠り、昼間の暑さの中で歩くこともあった。主食は沸かしたり揚げたりした米ケーキに薄いカレーソースをかけたもので、農家の小屋で1皿20ルピーで購入した。

虎の警告と逃走

広い谷に到着したとき、近くの保護区から虎が出没し、先週の火曜の早朝に50メートル先で牛が襲われたと、年配の農家が英語で語った。私たちはすぐに荷物をまとめ、崩れかけたコンクリート製バスシェルターの屋根へと逃げ込んだ。そこからは低空飛行するフルーツバットの姿が見え、夜は常に危険がつきまとう。

冒険の意味

冒険は、私の行動が実際に結果を左右し、些細な判断が生死を分けるような状況を生み出す。教育機関が設定した目標とは違い、遠征では自らが目標を決め、問題は自分で解決し、成功も失敗も自分の実力の反映になる。毎回新たな自信と経験、そしてアイデアが得られるのだ。


トラベルノート
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