ハイダ・グウェイでの孤独な暮らしと救出エピソード
30日間人と接触がなかった彼にとって、私たちは最初の人間だった。急かすのは難しいと考え、名前を呼びながら森の奥から慎重に引き出した。彼は目を合わせず、日焼けしたキャップと曇った眼鏡、乱れたひげ、汚れた肌に隠れた。色あせたジーンズは腰からぶら下がり、薄いデニムのシャツの襟だけがぼろぼろのジャンパーの下から覗いていた。足元は先が裂けた薄い黒いベルクロシューズだった。
デイブの背景
デイブは都会のオフィスとスーツに疲れ、自然の中での逃避を求めた。若い頃は地質学を学び、カナダ政府で石炭・石油・ガスといった天然資源の管理に従事していた。40年前にバンクーバー島の有名な西海岸トレイルの建設に参加した経験もある。
現在70代半ば。過去10夏はブリティッシュコロンビア州北海岸沖の離島ハイダ・グウェイの荒々しい西海岸に、文明から離れた場所で暮らしている。広大な無人の海岸は、ビーチコーミングや宝探し、希少な遺物の回収に最適な場所だ。
キャンプの様子
デイブはヘリコプターやジオディックでベレスフォード湾へ向かい、ぼろぼろの服、ビーチで拾った宝物を入れる空のバッグ、テント2つ、チェーンソー、各種工具、そして外部と唯一連絡を取る衛星電話2台を持ち込む。
キャンプは古い木製小屋と、海岸に置かれた日焼けした小さなテントから成る。小屋は倒木と漂流木で作られた簡易シェルターから、ヘリで運んだ木製ストーブを備えた本格的な住居へと変わっている。「太平洋岸で最も西に位置する人造構造物」とデイブは自称している。
テントの中には、潮の粉が付いたシートの下に湿ったバックパックやスーツケースが山積み。破れたものは手作業で縫い直され、内部には日本のガラス製浮きや酒瓶、鯨の骨、ワシの羽根、アゲートなど、海岸で見つけた奇妙な遺物が詰め込まれている。
周囲の森林は黒尾鹿が走り回り、サラルベリーやハックルベリー、サーモンベリーが実る。海ではサーモン、ヒラメ、リンゴドックが豊富に獲れるが、デイブは狩猟や釣りはせず、ヘリで運ばれた乾燥食料や缶詰、ナッツ、グラノーラで生活している。
救出の経緯
ある日、デイブは腎臓結石の痛みで救助を要請。地元の海のベテラン、ダグに連絡し、私たちが手伝うことになった。嵐の海を乗り越えてベレスフォード湾に到着し、彼のキャンプへと向かった。
森の中の小道をたどり、苔と地衣類に覆われたキャンプに辿り着くと、近くの小川が飲料・調理・洗濯に利用されていた。デイブは荷物を抱えてゆっくりと岸へと移動し、私たちのボートに乗り込んだ。
ボートが離岸すると、彼は沈黙のまま海岸線が遠ざかるのを見つめていた。私たちが静かに離れた後、デイブは「2日前に腎臓結石を通した」とだけ答えた。
帰還後の様子
マッセット港に到着したデイブは、桟橋や漁船の間で戸惑いながらも、宿泊先も迎える人もなく、再び自然の中の生活を恋しがっていた。彼は研究者でもなく、ただ平和を求めてビーチコーミングと宝探しに没頭した「反社会的な休日」を過ごしていた。
デイブが回収した日本のガラス浮きや酒瓶は、2011年の東日本大震災の津波で漂流した可能性がある。彼はそれらをカナダの内陸部の学校へ寄付したり、販売したりしていた。
彼の孤高の暮らしは、自然と人間の境界線を問いかける貴重な物語である。




