カスケードでの仲間たち
雨と氷雨に包まれた峠の先で
モニュメントの上の尾根に立ち、横から降り注ぐ雨と氷雨に全身がびしょ濡れになっていた。ハイキング仲間のトミー(通称「ウォーキー・トーキー」)はすでに祝福の余韻に浸りながら足元をすくませていた。周囲の黄色いカラマツは慰めにならず、前夜に吐いた痕跡さえ残っていた。暗くなるまであと1時間、キャンプまで約5マイルの距離が残っていたが、テントの位置が思い浮かばず、横殴りの雨の中で探す恐怖に胸が高鳴った。
軽量のレインウェアはこのような激しい天候ではほとんど役に立たない。6か月間背負い続け、毎日バッグに出し入れしたものは、すでにくしゃくしゃで洗っていない。寒さではなく、完走への焦りで体が震えていた。テントに駆け込み、寝袋にくるまって泣きたかったが、1時間で5マイルを走らなければ、ほぼ切れたヘッドランプでキャンプを探す羽目になる。
暗闇の中での帰還
足を遅くすれば低体温症の危険があると分かっていたが、頭を下げ、かすかなヘッドランプの光に導かれながら、無事に5マイルを戻り、テントが乾いている小さな林の横道にたどり着いた。濡れた服を脱ぎ、震えるまま寝袋に飛び込んだ後、仲間を呼び続けた。「ウォーキー!」と何度も叫んだ。
彼はやって来たが、凍えるような寒さで言葉がもごもごし、ヘッドランプはほとんど切れかけていた。「テントの光が見える。もうボロボロだ」と言い、二人はテントにくるまり、夜通し眠れずに風と木々のうなり声に包まれた。
旅の序章と仲間たち
2週間前の補給地点、ワシントン州スノクァルミーのシェブロンステーションで、仲間たちがピクニックテーブルに荷物を並べている姿を見た。残り250マイル、食料がほとんど尽きかけた中で、皆の顔に不安が漂っていた。カリフォルニアとメキシコの国境でのPCT開始は、夢への黄金の道のように感じられたが、北ワシントンに差し掛かると、残された距離はわずかな切れ端にすぎず、ジレンマに直面した。
北カスケードの過酷さ
北カスケードはスイスアルプスに例えられるが、実際に体感したのは「カスケード登攀」の過酷さだった。20マイルの1日で6,000フィート以上の上り下りがあり、息を切らしながらも息を呑むような景色が広がった。緑のトンネルのような木々の中を進み、1日2回の大きな登りが必須だった。
最初は自由と喜びに満ちていたが、3,000フィートの登りの途中で迫り来る冬の危機感が新たなストレスを生んだ。岩の尖塔や湖、蒸気が織りなす光景は、疲労を忘れさせるほど美しかった。
予期せぬトラブルと補給
レイク・チェランでの嵐の中、体調を崩したが、雨の中での20マイルのハイキングは3日かかり、足を引きずりながら苦しんだ。仲間のウォーキーは町へ先に向かい、私は回復を祈りつつ休んだ。町に着くと、ピザや赤ワイン、ホステルの部屋での贅沢を満喫し、ウイスキーやシャンパン、フライドチキンまで詰め込んだ「史上最高の補給」を実現した。
しかし天候は容赦なく、雨は止むことなく続いた。モニュメントまで約60マイル、カナダへ抜けるか、30マイル戻ってハイチックするかの選択肢があったが、二人はモニュメント後に戻る道を選んだ。
最後の雨の中で
最終日は雨が止まらず、モニュメントへ向かう最後の数マイルはスローモーションのように感じられた。ウォーキーがスイッチバックで「見える、見える!」と叫び、走り出すと、私も涙を流しながらその場に立ち尽くした。雨の中で抱き合い、米国とカナダの国境を跨いだ瞬間、すべてが完了したことを実感した。
キャンプに戻り、町へヒッチハイクで帰還した後、ウォーキーは家族を持ち、私はカリフォルニアの海岸へ向かった。旅の終わりは別れだったが、コーヒーショップでのひとときや自炊の喜び、そして仲間との絆は一生の宝物となった。
旅の統計
2023年4月13日午前2時にカンポ(カリフォルニア)を出発し、10月10日午後1時20分に完走。5か月27日(180日)で2,650.10マイルのトレイル、総走行距離2,781.16マイル、トラウト253匹、パス46回、ヒッチハイク39回、体重減少34ポンド、雨27日、シャワー22回、燃料缶15本、ホテル11泊、キャンプ場8箇所、バス7回、雪に6回、靴5足、クマ3頭、山3座、家3軒、氷点下2日、人生を変える冒険1回。




