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自転車でキューバの奥地を探検する

ハバナは観光客で賑わっていますが、島の田舎はほとんど手つかずです。バックカントリーに興味を抱いた、テクニカルサイクリングとスポーツウェアブランド Search and State の創業者ダニエル・ゴールデンは、数人の友人とともに南へ向かい自転車ツアーを実施しました。

キューバへ来たきっかけは?

キューバは昔からミステリアスで魅力的な場所だと感じていました。友人とバックカントリーを探索し、Search and State の製品テストも兼ねるチャンスが訪れたので、即座に「はい」と答えました。

出発前に受けたベストアドバイスは?

同行した友人から「資源は限られることを理解しておくべきだ」と言われました。実際にそうだったので、心構えができていたおかげで余計な不安が減り、エナジーバーを少し多めにパックに入れることができました。

どのように現地へ向かった?

JetBlue がカマグエイへ飛び、そこを拠点に街を離れブッシュへと向かいました。飛行自体は簡単でしたが、その後は自転車の輸送や現地までの移動手段を手配する必要があり、タクシー運転手とのやり取りやスペイン語が必須でした。バックカントリーの地図と衛星画像をダウンロードし、時に荒涼とした景色に迷うこともありました。

自転車でキューバの奥地を探検する

広大な田園の中でテント生活を送る様子。

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サン・アントニオの朝食ハウス。地元の人々や観光客、犬たちが歓迎してくれます。

旅程

1日あたり50〜75マイル(約80〜120km)を走行し、美しいが挑戦的な道を進みました。時には未舗装のブッシュを抜けて、より良いルートへとつなげる必要がありました。カマグエイを出発し、フロリダの南にあるサン・ヘロニモ、サン・アントニオ、バラグア、ベネズエラ、サンタ・ロサを経て、北上しサンティ・ディ・スピリトゥスへ。途中、サン・アントニオや見つけた野原でキャンプを行いました。

最初に知っていればよかったことは?

水の浄化器と予備の水ボトルをパックに入れるべきでした。資源は乏しく、1日50マイル以上走るときは清潔な水が欠かせません。

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キューバの農作業員が利用する、馬車と荷馬車。

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バラグアの外でサッカーを楽しむ地元の人々。

特に良かった点

現地の人々との出会いは最大のハイライトでした。歓迎的で好奇心旺盛、そして私たちの訪問に驚いてくれました。交流を通じて、旅がさらに豊かになりました。

残念だった点

夕暮れ時の蚊がもう少し少なければ良かったですが、特に不満はありません。キューバの遠隔地での体験は本当に格別です。

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ゆっくりと散歩する牛。

観光客が少なくても価値があった点

数日間ほぼ唯一の観光客だったこと。ハバナとは違う、純粋なキューバを体感できました。今こそ訪れるべきです。

現地の魅力は何か?

キューバらしい熱いスピリットです。音楽は昼夜問わず流れ、人々は生き生きとしています。

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サンティ・ディ・スピリトゥスのカラフルな建物。

お気に入りトップ3

1. 食事:バラグアの家族が作ってくれたご飯、豆、卵のシンプルなホームクッキング。空腹で到着した私たちに温かく迎えてくれました。
2. 訪れるべき街:カマグエイとサンティ・ディ・スピリトゥス。建築や色彩、地元の人々が魅力です。
3. 思い出の体験:サン・アントニオの土曜夜のフェスタは、歓喜とエネルギーに満ち、最高のパーティーでした。

行けなかったけど行きたかった場所

時間がもっとあれば、島全体を横断したいです。山脈やジャングルがあり、全行程には約1か月必要です。

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サトウキビ畑と自転車で働く作業員。

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革命の痕跡が至る所に。サン・アントニオのシェルターに掲げられたフィデルの言葉。

驚きはあったか?

驚きはたくさんありました。人々の温かさや田舎の美しさ、そして資源が限られていること。ですが、問題なく乗り切れました。

忘れられないことは?

裏道と出会った人々、そしてサン・アントニオのパーティーです。

インスタ映えした瞬間

地元の人々が自然体で過ごす様子は、どれもシェアしたくなるシーンです。

友人に伝えたいトップアドバイス

バックカントリーへ行くなら、必ず水の浄化器を持参してください。そして現地の人と交流し、探索を楽しんでください。キューバ全体が素晴らしいです。


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