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東ヒマラヤの奥深い山岳地帯を探検する

はじめに

オフィスの画面はスプレッドシートやカレンダー、メールで埋め尽くされていたが、最下層に隠れたウィンドウだけが私の関心を引いた。そこは、未知への窓だった。

コーヒーを飲みながら、Googleマップでインド東部ヒマラヤの最も人里離れた地域を探っていた。目的は一本のライン、すなわち挑戦できるルートを見つけること。チベット、ビルマ(ミャンマー)、インドが交わる『トリ・ジャンクション』付近の禁断の境界線をたどった。

調査と発見

数か月のリサーチの結果、ロヒット川の支流であるガルム川とサルディ川を結ぶ、標高約4500メートルの未踏パスを発見した。このパスはビルマ国境近くにあり、名前も記録も残っていなかった。まさに探し求めていたルートだった。

現地での体験

半年後、豪雨の中ロヒット川沿いの曲がりくねった道路を走り、ルートの実現可能性を確認するための偵察に出た。最寄り空港から15時間のドライブで到着したミンゾンは、竹の高床式小屋が点在する小さな集落だった。雨に濡れた泥の中、地元ミシミ族の人が暖かく迎えてくれ、火を囲んでお茶を入れてくれた。

小屋はほとんど家具がなく、壁には熊・サル・バッファロー・シカの頭蓋骨が飾られた狩人のトロフィーラックだけが装飾だった。

地元のハンターは時折ガルム渓谷へ入り、クムジャング峠を越えてビルマへ向かう古い交易路があると教えてくれたが、私が目指す方向へはほとんど人が足を踏み入れたことがないという。

ガルム渓谷の探索

翌朝、ガルム渓谷へ向かい、ロヒット川上の錆びた吊り橋を渡った。橋は腐食したワイヤーと滑りやすい板でできており、危うさ満点だった。橋を渡り終えると、ジャングルの中を蛇行する道がバオン村へと続いていた。

村の周囲にはケシ畑が広がり、住民の多くが阿片に依存している様子が見受けられた。電柱と電線が新たに立ち込め、近年になってようやく電力が供給されたばかりだった。

川を何度も渡りながら、アニミストのドニ・ポロ信仰に基づく祠やトーテムが点在していた。村人はヒンディー語が堪能で、インド政府がアルナーチャル・プラデーシュを中国の主張から守るために「インド化」政策を進めていることを語ってくれた。

サルディ川のトレッキング

次に、サルディ川上流へのルートを探るため、ドン村へ向かった。雨で道路が流され、40kmの移動に2日を要した。ロヒット川の温泉でキャンプを張り、現地のメヨル族のガイド、アジョとその甥二人を雇った。

アジョは経験豊富なハンターで、ジャングルの奥深くまで熟知していた。装備は毛布、ブッシュナイフ、マッチ、鍋、少量の食料だけ。彼らはほとんど荷物を持たず、軽装で挑んだ。

朝早くに出発し、清流を渡る細い吊り橋を渡ると、そこからはゲームトレイルがサルディ川に沿って続いていた。ジャングルは熱帯性の密林で、バンブーやツタが生い茂り、ヒョウやクマ、サル、シカが潜む。上部の樹線を超えると、雪豹やヤクが生息している。

道は狭く、足元が不安定な竹の橋や、ロープで結ばれた簡易的な渡し板が点在した。アジョは岩や急斜面を軽快に駆け上がり、私たちを安全に導いてくれた。

約16km進んだところで、川辺の開けた場所に仮泊。アジョはナイフで草むらを刈り、仲間は薪を集めて火を起こした。夕食は米と野菜のシンプルな料理。大きな岩の上に登り、夕暮れの山々が薄く光る様子を眺めながら、次の遠征への期待を胸に熱い甘茶をすすった。

結びと次回の遠征

この偵察で、ガルム渓谷とサルディ川のルートが実行可能であることが確認できた。2014年10月、シークレット・コンパス遠征が全区間の完走を目指して再び挑む予定だ。詳細や参加申し込みは下記リンクから。

シークレット・コンパス遠征の詳細はこちら


Amar will be leading a Secret Compass Expedition to complete the entire route in October 2014. For more information and to join the expedition, click here.

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