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北米大陸分水嶺を自転車で横断し、炭素循環と気候変動を探る旅

はじめに

北米大陸分水嶺(Great Divide)は、目に見えないが大陸を二つに分ける重要なラインです。雨粒が左側に落ちれば大西洋へ、右側に落ちれば太平洋へと流れます。私がロッキー山脈でロードバイクに乗っていたとき、この分水嶺は息を呑むほどの山岳パノラマと、疲労と精神的圧迫感の両極端を同時に体感させてくれました。

壮大な峠越えのエピソード

インディペンデンス・パスでは、広がる景色に心が解放され、遠くの地平線まで息が届くような感覚を味わいました。一方、トレイル・リッジ・ロードでは、雨が降り出し、白濁した視界と向かい風の中、標高12,000フィートで景色が全く見えませんでした。さらに道路は上り続け、息が詰まるほどの苦しさで『下りにしてください!』と叫びたくなるほどでした。やっと下り始めたときは、冷たい雨に濡れた25マイルの道をエステス・パークへと降りていきました。

旅の目的と背景

私の計画は、テキサス州エルパソからアラスカのアンカレッジまで、ロッキー山脈の背骨に沿って約4,553マイルをロードバイクで走破することでした。2006年当時、ブッシュ政権は気候変動を無視し、石油依存が米国のエネルギー政策の根幹でした。私はこの旅を通じて、普通のアメリカ人が気候変動についてどう考えているかを探り、問題が最も深刻な場所から解決策が生まれるという仮説を検証したかったのです。

米国の石油依存と気候変動

米国は世界で最も石油を大量に消費する国の一つで、毎年数十億ガロンの石油を燃やし、膨大な二酸化炭素を排出しています。これが大気を温め、気候変動という最重要課題を加速させています。ブッシュ大統領はしばしば『気候変動は問題ではない』という姿勢を示しましたが、一般市民の意識は必ずしも同じではありませんでした。

旅先での出会いと会話

テキサスからアラスカまでの道中、トラック運転手やカフェの客、自転車店のメカニックなど、さまざまな人々と対話しました。熱波や干ばつ、山火事の煙、氷河の消失など、現場で直面する気候変動の影響が語られました。特にモンタナ州の狼学者は、山岳が『気候変動のカナリア』と呼ばれる理由を説明し、標高が高いほど生態系が早く変化することを指摘しました。

情報源の偏りと政治的背景

多くの人は気候変動についてほとんど知らず、特に保守的なメディアであるFox Newsがほぼ報道しないことが原因でした。石油産業と保守政党の結びつきは、欧州から来た私にとっては陰謀論のように映りましたが、実際には莫大な資金と権力が背景にあることが分かりました。

『中間からのリーダーシップ』

連邦政府の不作為に対抗し、400以上の米国都市の市長がCO₂削減に取り組む『ミッドウェイ・リーダーシップ』が登場しました。例えば、イエローストーンからユーコンまでの野生動物回廊を保護するY2Yプロジェクトや、風力で稼働するニューベルギアン・ブリュワリーなど、地方やNGOが先導しています。

アメリカン・ドリームと持続可能性のジレンマ

大きなRVやハマー、プライベートジェットといった高消費型のライフスタイルは、技術的効率化で『気候安全』に変えることが提案されていますが、根本的な消費量の削減が必要です。長距離サイクリストは、時間と経験という『質』を重視し、物質的な豊かさよりも低排出を実現しています。

自転車が変えた私の人生

幼少期は運動が苦手で、冒険者は自分とは違う存在だと感じていました。しかし自転車に乗ることで、普通の人でも自然と深く関わり、長距離でも無理なく走れることを知り、人生が変わりました。旅の途中、黒い毛皮の熊やヘラジカ、林の中から現れたシロテンジンなど、野生動物との出会いが数多くあり、自然の多様性と保全の重要性を実感しました。

結論:気候変動への旅路

現在の排出量は予測を上回り、急速な削減が求められています。だが、私たちが行動すれば、最悪の影響を回避できる余地は残されています。自転車は『少ないエネルギーで遠くへ』という最も効率的な移動手段であり、冒険と低炭素社会の両立を示すモデルです。これからも質の高い生活を、地球の生態系を守りながら追求していくことが、私たち全員の課題です。


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