かろうじて合法的なバイクラフティング
はじめに
娘たちに『インターネットの見知らぬ人には注意しろ』と何度も言い聞かせてきた。家族に別れを告げ、必需品と、手放すことができない一眼レフを背負ってファットバイクで出発したとき、彼女たちはそれを楽しげに思い出させてくれた。実際、私はまだジョーさんという人物に会ったことがなかった。
暮らしと価値観
少し高級な住宅街に住んでいるが、家はそれほど豪華ではない。運転免許は持たず、取得すら考えていない。ノルウェーのこの地域では、免許を持たない人はスピード違反か飲酒運転で捕まっていることが多く、会話のネタになる。
パートタイムの教師として働き、安定した収入を捨てて自然と向き合う生活を選んだ。外で過ごせないときは、自然について書く。そんな非主流的な生き方は、地方の小さな町では孤独を招くこともあるが、同時にインターネットで出会ったジョーさんが信頼できる相棒かもしれないという期待を抱かせてくれた。
出会いと旅の始まり
ジョーさんは非常に親切な人物で、山小屋の駐車場に30分以上遅れて到着した私のファットバイクを全く問題視しなかった。互いのバイクが目印となり、すぐに認識できた。
道路の交通と格闘しながら山の白樺林を抜け、やがて樹線を越えてハーダンゲルヴィッダ高原に到達した。ヨーロッパ最大の山岳高原を自転車で横断するという長年の夢が実現しつつあった。
ハーダンゲルヴィッダは野生のトナカイが最も多く生息する国立公園で、走行はトラクターロード(農業用道路)に限定されている。北から東へ伸びる二本のトラクターロードはほぼ連続しているが、中心部の5〜6kmは道がなく、湖畔に近い。そこで自転車に乗ることは許されず、パックラフトが必要だった。これがパックラフトと出会うまで私が旅を諦めていた理由だ。
トラックから砂利路へ
舗装路の音を離れ、ゴム製ビッグホイールが砂利の上を走る感触へと変わった。かつて高原をハイキングしたときは、砂利道が荒野の景観を損なうと感じていたが、バイクではむしろ笑顔がこぼれた。低木の白樺林、犬ぞり隊、草原と湿地、交差する小川や川が両側に広がっていた。



ハーダンゲルヴィッダの魅力
壮大な山脈や滝、深い峡谷ではなく、広がる開放感が魅力だ。思考が漂い、背中の荷物が肩から離れる場所。
合法ルートと“ソーシャルシングルトラック”
駐車場が最後のゲートとなり、ハイキングコースは右手に続くが、私たちは法的に許可されたトラクターロードを選んだ。岩が点在する区間や泥の溝、氷河堆積物の砂利道を楽しみながら、ジョーさんが呼んだ“ソーシャルシングルトラック”で互いの体験を語り合った。
天候と小さなミス
暗い雲が空を覆い、午後の暖かな光だけが残された。ナビは楽勝のはずが、二人はおしゃべりに夢中で次々と小さな失敗を重ねた。深い小川に遭遇し、足元が濡れないようにスライドしながら笑い合った。
テント泊とジャットストリームクッカー
湿った夏の夜がテントを覆う。ジョーさんのジェットストリームクッカーの低い音は、私のビア缶ストーブが沸騰に至る前に消えてしまった。プロパンバーナーを持参すべきかもしれないが、時には“合理的でない”選択も旅の醍醐味だ。小さな炎が鍋底を舐める様子は、シンプルな喜びだった。
山小屋への憧れ
ノルウェー人は山小屋を愛し、私も時折広告を眺めては自分の小さな山の隠れ家を夢見る。しかしそれは首輪のように自分を縛ると気づき、テントの扉から星空を見る瞬間や朝日の山稜を眺める感覚に勝るものはないと悟った。
トラクターロードの終点とパックラフトの挑戦
高原の広がりはバイクで走ると縮むが、トラクターロードの終点に到達したとき、通常は自転車旅の終わりだが、私たちには続きがあった。二つのトラクターロード間の短い水路をパックラフトで渡ろうとしたが、強い向かい風が進路を妨げた。前方にある自転車がパドルの効率を低下させ、ジョーは白水用のデッキがあるためさらに苦戦した。
努力と挫折
1時間半以上全力で漕いだが、進んだ距離は3km未満。ジョーは岩だらけの岸辺を自転車で押し、砂浜で短い走行を楽しんだ。私は必死に漕ぎ、やや風が追い風になる瞬間をつかんだが、波が小舟を飲み込みそうになると方向を変えるしかなかった。
パックラフトの撤収と再挑戦
寒さで歯が鳴りながらパックラフトをたたんだ。その数百メートル先でジョーは、ファットバイクが浮力装置になることに気づき、湖から川へ渡ろうとしたが、ウエストまでの水溝に自転車がはまってしまい、装備全体が流されそうになった。
石の小屋と旅の余韻
古い放棄された石の小屋群の周囲の草原にテントを張った。旅のクライマックスと呼べるかは別として、翌日も走行できる余裕があるものの、何かが終わりに近づいている感覚が皮膚の下に広がった。


最後の走行と広がる地平線
乾いた岩のトラクターロードは、周囲の浅い湖や平野を越えて上昇し、視界はますます広がった。山頂で筋肉の乳酸を流し、21世紀の無線通信で一瞬だけ文明と繋がった。
道が丘陵を下り、平野を横切り、次の丘へと続く様子は、車輪が自由に回り、岩の間をすべり、小川で足湯を楽しむ喜びと重なる。レミングの群れが増える中で虫に刺されるリスクを考えず、空が軽く私たちを丘へと押し上げる。丘を越えるたびに風景は再び広がり、日常の緊張が緩む。
エピローグ
ハーダンゲルヴィッダとの数々の出会いは、私をさらに深く惹きつけた。ジョーと共有したことで、旅はさらに素晴らしいものになった。インターネットで無責任に出会った結果がこうなるのかもしれない。ただし、娘たちには絶対に言わないでほしい。




