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ブエノスアイレス郊外のエコヨガパークで体験する自然と瞑想のボランティア旅

長い休日を過ごし、今年の始まりに静けさを取り戻す方法を探しているなら、ブエノスアイレスから車で1時間ほどの場所にあるエコヨガパークが最適です。アシュラム、オーガニック農園、長期バックパッカー向けのボランティア拠点が一体となった特別な空間です。

エコヨガパークへの旅路

アルゼンチン・ジェネラル・ロドリゲス州にあるこの施設は、ヨガへの情熱とボランティア活動を同時に楽しめる場所として私の期待を裏切りませんでした。出発前は『Eat Pray Love』のようなロマンティックなイメージにとらわれがちでしたが、実際に足を踏み入れたときに出会う人々や、ヴィーガン・オーガニック料理、そしてダウンドッグでかかとが床に触れるかどうかといった小さな挑戦が待っていました。

ブエノスアイレスの賑やかな街を数日過ごした後、私は車かバスかの選択を迫られました。バスは荷物がぎゅうぎゅうになる恐れがあったため、車を選び、日曜の午後2時頃に運転手のフェルナンドと雑多なカステリャーノでニーチェ談義をしながら、砂道を走り抜けました。

到着と初日の案内

到着後、4か月間ボランティアを続けているアシュリーに迎えられ、黒い木造コテージの中の寝室に荷物を置きました。部屋は居心地の良い二段ベッドがあり、すぐに新しい家の壁をペンキで塗る仕事が割り当てられました。その後、広大な有機野菜園、キッチン・食堂、そしてパンが焼き上がる大きな暖炉を見学し、最後に白いドーム型の寺院へ案内されました。寺院はハレ・クリシュナの僧侶や母親たちが祈りを捧げる場所です。

ブエノスアイレス郊外のエコヨガパークで体験する自然と瞑想のボランティア旅

仲間と犬たち

敷地内を歩くと、様々な犬たちが私たちに寄り添ってきました。日本から来たミニチュア・ダックスフンドのトリクシーや、近隣農場の穏やかなジャーマンシェパードのロッキーなど、犬たちもまたこの場所の平和に惹かれていたのです。

ボランティアは世界中から集まっており、まるで多様な犬の群れのように個性豊かでした。新しい友人ハヌマンが言うように、アシュラムに来るには少し「クレイジー」になる必要があるかもしれません。

毎日の生活

毎朝は共同で朝食を取り、各自に朝の仕事が割り当てられます。最も人気なのはキッチンでの作業で、園で育てた野菜を使った昼食の準備を手伝います。一方、園作業は最も苦手とされていましたが、実際にはスペイン語が話せるボランティアが必要なため、私が最も頻繁に担当していました。ボランティアリーダーのマリアはボリビア出身で、英語で「What's up?」と挨拶できる程度の語学力しかありませんが、農作業の指導やボランティアの様子を語るのが好きです。

昼食後は自由時間があり、犬と遊んだり、芝生の上で長時間の会話を楽しんだりします。ある日、隣の農場で新鮮なドルセ・デ・レチェを買うために牛舎へ行き、ミルクの主役となる牛と出会いました。

ブエノスアイレス郊外のエコヨガパークで体験する自然と瞑想のボランティア旅

午後は寺院でヨガと瞑想を行い、その後映画やドキュメンタリーを鑑賞しました。クイズナイトでは焼き菓子やチョコレートが賞品として用意され、和やかな雰囲気が漂いました。

エコヨガパークの魅力

2週間の滞在は長くも感じ、短くも感じました。時間が止まったかのように外界と切り離された生活は、未来への不安や過去への執着を手放す機会を与えてくれました。エコヨガパークは、ハリー・ポッターの「必要の部屋」のように、訪れる人の求めるものに変身する不思議な空間です。バックパッカーにとっては長旅の合間の安全な休息所であり、心身をリセットできる場所でもあります。

アクセス情報

エコヨガパーク
ボランティア滞在費は1日あたり18ドル(2週間まで)、それ以降は15ドルです。詳しい情報は公式サイトをご確認ください。


トラベルノート
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