推論
放牧された牛の跡が粗い低木地帯へと変わり、夜の拠点となる岩場へと向かう。野営のコツは日が沈む前にテントを設営することだと実感した。まだ夕暮れの暖かさが残り、石鹸を手に水の鍋で一日の汚れを洗い流した。
キャンプチェアを持ってきたことに感謝した。冒険記に書かれたような贅沢は聞いたことがなかったが、想像すると探検家が苦笑いしながら手を差し伸べる光景が浮かぶ。西に沈む夕日を背に、右手にストーブ、左手に午後に小さな町で買った補給品を置いた。空腹で、今夜は料理をするつもりでタマネギを刻んだ。タマネギから始めるのが常だ。
夕方のルーティンは意外に心地よく、装備を整理し、翌朝の光を捉えるために早めに出発できるようにした。鍵は安全な場所に保管し、地図に当日のルートを書き、ジャーナルに記録する。暗闇に包まれる前に全てを済ませたのは初めてで、ベッドだけが唯一の思考対象だった。ポルトガル北部のジェレシュ国立公園の奥深く、周囲は何キロも人影がなく、イングランドを離れて一週間、久しぶりに時間ができた。
ここまでの道のりを振り返ると、数々の障害があった。3日目に財布・現金・カードを失くしたのが最大の試練だったが、今は過去のことだ。素晴らしい自然に囲まれ、リズムを掴み、これからの探検に胸が高鳴る。多くは満たされたが、何かが欠けている感覚が拭えない。最初は無視したが、夜が更けるにつれその感覚は鋭くなり、原因を探すべく記憶を遡った。



旅のきっかけ
旅は一歩踏み出す前に火種が必要だ。行く理由は小説の一節、歌の歌詞、ひとときの会話、忘れられた民話など様々だ。その形は多様で、計画を見直すきっかけになることもあれば、即座に行動に移すこともある。種は時にゆっくりと芽吹く。
私の旅の原点は一枚の写真だった。スペイン中部のバルデナス・レアレス砂漠の写真だ。何百万年もかけて月面のような荒涼とした風景が抽象的な形に彫られ、灼熱の太陽に焼かれている。その美しさに惹かれたのは、特別な訓練や大金が不要で、バイクに荷物を積んで数日で行ける手軽さだった。写真を指標にヨーロッパ中を巡り、想像力を刺激する場所を探し、未踏の隅々を結ぶ4,000マイルの線をたどった。もし秘密があれば、そこを見つけるチャンスだと思った。
帰国後数か月、旅路を振り返り、あの岩場の夜が何を意味したのかが見えてきた。自分は見た映像に基づいて計画を立て、オフロードの道をたどり人里離れた湖へ向かう姿や、山陰の冷たい空気を感じる自分を想像していた。旅の目的は場所そのものだった。自給自足で日常から離れ、目立たずに生きることを求めていた。
しかし予想外だったのは、自分が目指した姿とは裏腹に、乗っていたカスタムバイクは1970年代のモデルに近く、機械的に個性があったことで、現代のバイクより手間がかかることが多かった。キーを回すだけで走るわけではなく、時には細かな調整が必要だった。この旅はバイクの背中で長期間生活し、実際に距離を走破した初めての経験だった。途中でトラブルが起きるたびに助けを求めた。



助けは物理的なものもあれば、会話や通りすがりのライダーからのさりげない合図、誠実さを示す寄付箱の温かさなど、さまざまだった。仲間がいない中、カメラが自分と風景をつなぐ橋渡しとなり、風景の記録に没頭するうちに人との出会いは二の次になったが、振り返ると出会った人々の記憶が最も鮮やかに残っている。
特に印象深いのは、フランス・ヴェルドン渓谷北側のキャンプ場だ。そこは入り口に壁も受付もなく、来た者は好きな場所にテントを張れた。電気はなく、シャワーはチェーンで引くタイプで、太陽が配管を温めたときだけ温かくなる。シンプルだったが、利用者全員が自分の場所のように大切にしていた。ゴミ一つ見当たらず、共同のシンクは常に清潔だった。夜になると、サイトを管理する老人が宿泊者から金銭を集めに来たが、誰も避けようとはしなかった。彼の存在感と信念は、名前すら聞かずに感じ取れるほどだった。
あの岩場の夜に何が欠けていたのか、今は分かる。出発前は遠く離れた場所で感じるはずの感情に囚われ、実際の感覚とのギャップが生じていた。そのため、壮大な景色は完全には感じられなかった。人と出会うことは計画に入っていなかったが、偶然の出会いが旅の重要な要素となり、場所以上に人々がマイルストーンとなった。
このずれを認識したことは、新たなアルバムを見つけたような驚きだ。叫びたくなるほどだが、同時に自分が砂の中に頭を突っ込んでいたことを示す。言葉にするまでに多く考え、認識と現実の微妙な違いが旅の本質だと感じる。旅は日常を破り、私たちの根源的な探求心を呼び覚ます。今、これが新たな火種であり、行く理由だ。探し求めるのではなく、出会えることを期待する。次のアルバムが最初と同じくらい素晴らしいものになることを願う。




