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パリで出会った高貴な獣

序章

パリからカンヌへ向かうTGVの中で、SNCFの旅行雑誌をめくりながら、写真を見て旅行の予約を決めたことは今までなかったと考えていた。そんな時、パリの友人でエグゼクティブ・プロデューサーのヴェレーヌ・フェラーリが、アニッシュ・カプーアの作品『レヴィアタン』がグラン・パレで展示されている写真を送ってくれた。私はアメックスのマイルを大量に使い、6月23日までに閉幕する前にパリへ向かった。

天候と雰囲気

到着したとき、春のはずだったパリはすでに秋模様。曇りがちで雨の予感が絶えず、ロサンゼルスのベニスビーチで経験した「June Gloom」がパリの中心まで届いたようだった。そんな天気は気に入らなかったが、グラン・パレの扉をくぐった瞬間、すべてが変わった。

『レヴィアタン』とは

『レヴィアタン』は、モニュメンタ(Grand Palaisの年次サイト特化型アートプロジェクト)の委託作品としてカプーアが制作したもの。四つの巨大なPVC製球体が圧縮空気で膨らみ、外側は深い茄子色、内部は血のような赤色に染められている。

体験レポート

内部に入ると圧力の変化を感じ、上にある他の球体への開口部を見上げると「中を通り抜けられそう」という衝動が湧いた。バーンングマンで培ったアートへの接近感とは対照的に、ここでは子どもたちだけが思い切り触れ、大人は美術館の警備員に叱られるのを恐れて遠慮していた。

それでも私は手を伸ばし、驚くほど柔らかい感触を確かめた。実は巨大なエクササイズボールのような素材だった。

内部は独特の音響効果があり、来場者の数に応じて鳥のさえずりのような音や拍手が響く。外側を歩くと、内部からはまるで怪物の腹の中で鳴る低いゴロゴロ音が聞こえてくるようだった。

外観とスケール感

巨大さが人間の感覚を圧倒する。ある角度からは空間に侵食し、染み込んだように見え、別の角度では政府が作った記念碑の周りに佇む異星人のように感じられる。時間軸が交錯したような不思議な雰囲気が漂っていた。

音楽と空間の融合

ショーの最終日、フランス全土で開催される「Fêtes de la Musique」の前夜に、テクノの巨匠リッチー・ホウティンが50,000ワットのサブベースをグラン・パレに注ぎ込んだ。若いフランス人音楽ファンが集まり、レーザー光と圧倒的な低音が空間を揺らした。

ホウティンのウォームアップは2時間半のビートなしの音楽で、実質的に最長の「音楽的前戯」と言えるほどだった。3時間が過ぎてやっとビートが入ると、スピーカーのパワーが彫刻を圧倒した。

観客の平均年齢は25歳未満で、フランスのエレクトロニック音楽史においてジャン=ミシェル・ジャールが1970年代に光と音楽を融合させた先駆者であることを知っている人は少ないだろう。ジャールのレーザーハープとエッフェル塔、1979年のイメージはフランス文化の一部となっている。

最後の印象

入場した瞬間、グラン・パレのガラス天井の格子から差し込む光が『レヴィアタン』の表面に影を落とし、まるで瞑想的な空間が広がった。そこに座って怪物と一日を過ごすだけで、時間が止まったかのような感覚になるだろう。

MORE INFO

Anish Kapoor(公式サイト)
Monumentaについて
Richie HawtinがMonumenta 2011でAnish Kapoorの『Leviathan』を取り上げた動画(The Creators Project)

トラベルノート
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