ランドローバーG4チャレンジ・ステージ2
レース開始とライオンマウンテン
ケープタウン上空で1時の砲声が鳴り響き、テーブルマウンテンに反響した瞬間、私たちは走り出した。ライオンマウンテンへ向かい、途中で隊列が広がり、私は中間地点に位置していた。傾斜が増すにつれ熱が体に効き始め、前週に凍った米国東海岸から来たばかりの体は次第に疲労した。
ディバーの紛失と追跡
ランドローバーG4チャレンジ・グローバル・アドベンチャーレースの第2ステージは南アフリカで開催され、競技車はランドローバー・ディフェンダーだった。最初のチェックポイントはライオンマウンテンの頂上にあり、電子ボックスに『ディバー』と呼ばれる装置を差し込んで通過時刻を記録した。頂上で記録を入れた後、下山は順調だったが、次のチェックポイントでディバーが見当たらなかった。
罰則が科せられ、順位とパートナーのポイントが失われる危機に直面した。私はすぐに山頂へ戻り、マルシャルに問い合わせたが見つからず、再び山を登り始めた。途中、同じくマルシャルや後続の競技者に尋ねたが誰も見ていなかった。絶望的な思いで山頂にたどり着くと、マルシャルがディバーを手にして走り寄ってきた。ほっとしたものの、すでに順位は大きく後退していた。
山岳バイクのクラッシュ
マキシマイザーは複数競技を組み合わせた形式で、次のステージは山岳バイクでケープタウン郊外へ向かい、そこから道路走行でドックへと急いだ。転換点でマルシャルに『どれくらい遅れているか』と尋ねると『数分前に数名がいる』との返答。私は追い上げの可能性に胸を躍らせた。
バラバラに転がる岩だらけの河床を全力で走ると、突然速度が速すぎると感じブレーキをかけた瞬間、バイクが跳ね上がり空中へ飛び出した。衝撃は最初は軽く、バイクを拾い直して走り続けたが、脚に擦り傷と出血、肘に激しい痛みが走った。フランス外人部隊の友人ベニーの言葉『痛みは体が弱さを手放すサインだ』を胸に、私は走り続けた。
最終的にドックへ到着し、船の前部ローラーからジャンプし、貨物ネットで上がり、再びバイクに乗り換えてオフロード走行コースへと向かった。その後、レース医師のマイクに診てもらい、軽傷と判定された。
戦略ピットとハンター選択
毎日朝は『戦略ピット』でその日のステージ情報(緯度・経度)を受け取り、ポイントと距離を考慮してどのハンターを狙うか決めた。1日で6つのハンターを全て回ることは距離的に不可能で、効率的に選択する必要があった。
第2日目、キャンプからレースコンボイで出発し、サポート車とジャーナリスト、テレビクルーが同行した。道中でサポートドライバーのナンダが遅れ、無線で連絡が取れずに戻ると、道路の崖下で事故車が転落している現場に遭遇した。全員無事だったが、車は10メートル下に破損していた。
衛星電話でレースコントロールに連絡し、救急車と回収チームが派遣された。ナンダは医師の診断で運転可能と判断され、別の車に乗り換えてハンターへ向かった。
エデン・アリーの美しいステージ
エデン・アリーでは、大学キャンパスのような場所に到着し、GPSでスタート地点を探した。小さな川に入り、上流へ遡ると、急峻な渓谷が続き、ディバーのある地点は10メートルの深さと覆い尽くす蔦に囲まれ、まるでジュラシック・パークのようだった。水中で泳ぎながら、黒い水に潜むモンスターを冗談交じりに語り合った。
最終マキシマイザーとフィニッシュ
最後のマキシマイザーは、山岳バイクで崖下を走り、インド洋を望む絶壁沿いをランニングし、早朝の暑さの中でジグザグの道を登り切るという過酷なコースだった。足は膝に当たるほどの岩場を手で押し上げ、やっとの思いで頂上の展望ポイントへ到達し、ステージは終了した。
離陸したチャーター機の窓からは、走り抜けた崖が見渡せ、次のステージであるオーストラリア西部の熱いアウトバックへ向かう期待感に胸が高鳴った。




