ランドローバー G4 チャレンジ 第1ステージレポート
レース概要
スタートホーンが鳴り、星が散るような光景の中、16名の競技者がポディウムから飛び出した。私は地図を見ながら走り出したが、最初のウェイポイントでオレンジ色のランドローバーに乗り、そこがニューヨークのエンパイア・ステート・ビルの底部であることに気付いた。都市型オリエンテーリングコースが始まったのだ。
ニューヨーク・ブロードウェイでのスタート
スタートラインはブロードウェイ。そこから28日間にわたる世界規模のアドベンチャーレースが始まった。タイムリミット付きでアイコニックなランドマークを駆け巡り、ブロードウェイ上に設けられたオフロード走行コースを走行した。タイムズスクエアでは警官が交通を止めてくれ、まるで映画のワンシーンのようだった。
初日の夜とフロストバレー
初日はプラザホテル(セントラルパークと5番街の角)に宿泊。その後、キャッツキル山脈の「フロストバレー」へ移動した。ジョン・バロウズの著作で有名なこの場所は、気温がマイナス20度、地面は凍結して釘すら刺さられないほど硬かった。過酷な環境がレースの現実だった。
ランドローバーの挑戦精神
ランドローバーは、車が単なるショーケースではなく「本当に走れる」ことを示すイベントを長年開催してきた。キャメルトロフィーに続くG4チャレンジは、車両が遠隔地へのアクセス手段となり、様々なチャレンジを通じて優勝賞品のレンジローバーを争うアドベンチャーレースだった。
選考過程
私にとってスタートラインに立つこと自体が大きな賞だった。イングランド・ヘレフォードシャーのイーストノー城で行われた国内選考では、体力だけでなく運転技術、チームワーク、メディア対応力が試された。数か月後に再びイーストノー城で開催された国際選考では、英国代表候補のバイロンと競い合い、最終的に自国を代表する権利を得た。
ニューヨーク・アーバン・マキシマイザー
都市型マキシマイザーの最初のレースは午前7時に雪の中でスタート。戦略ピットでその日の戦略を決め、ハンター(特殊ステージ)を選択した。各ステージでは異なる国の競技者とペアを組むのが特徴で、私はアイルランド出身のポールと組んだ。ポールは地図とGPSの達人で、ドライバーは私がフリーランダーを操縦した。
森林・山岳ステージ
第1ステージはメイプル、オーク、ブナの森の中で行われ、走行、登攀、マウンテンバイクが混在した。途中、方向ミスで戦略ピットを外れたが、すぐにリズムを取り戻した。ポールと私は予想外のリードを保ち、他のチームを驚かせた。
カヤックステージを2分遅れで通過したり、キャンプ到着のタイムがぎりぎりだったりと、毎日がタイムとの戦いだった。南アフリカとオーストラリアのチェスターとガイ、米国とロシアのナンシーとセルジはキャンプの締め切りに遅れ、ポイントを失った。
映画的シーンとマキシマイザー
ある町で「アミティ・ホラー・ハウス」の前を通過したときは、まるで『フォレスト・ガンプ』のセリフ「Run, Forrest, Run!」が頭に流れた。最終的に行われたマキシマイザーは、NYCの都市部とワイルドキャット山のスキーコースで構成された。私はフランスのスキーリゾートで育ったためスキーは得意だったが、ポールはスノーボード初心者だった。二人はそれぞれの国旗を掲げてゴールへ向かい、3位に入賞した。
結果と次のステージへ
私とポールは総合で3位と4位に入賞し、カナダのジム(コンピュータ専門家)とベルギーのルディ(戦闘機パイロット)が上位に食い込んだ。予想外の結果により、体力だけでなく頭脳が重要になることが示された。
約1,000マイルの走行、3つの山脈、21のハンター、2つのマキシマイザーを終え、ニュージャージー州のニューアーク空港へ向かい、赤道を越えて南アフリカへ飛び立った。気温・パートナー・舞台が変わる次の週が待っている。




