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カラコラムハイウェイでのジューガール体験

カラコラムハイウェイへの旅

西部中国の国境を越えると、長い待ち時間と厳しい検査が待っています。数時間の待ちの後、ようやくパスポートにスタンプが押され、兵士に出口へと案内されました。

カラコラムハイウェイの出発点

パミール山脈を越えた先が、ロンドンから香港へ向かう自転車旅で最も楽しみにしていたカラコラムハイウェイです。北パキスタンの切り立った崖や鋭く乱れた山稜を思い描きながら、カシュガルから始まるこの道路は、標高7,000〜8,000メートルの峰々と、道路すぐ横を流れる若いインダス川を交互に抜ける壮大な工学の奇跡です。

2010年に大規模な土砂崩れが川を塞ぎ、道路と村々を覆う20マイル(約32km)の湖ができました。トンネルが掘られるまでの5年間は、南部と北部を結ぶ唯一の手段は2時間のボートでした。これがこの道路とエンジニアが直面する自然の脅威です。

予期せぬトラブルと即興修理

中国側の最後の町、タシュクルガンへ向かう途中、リアホイールが擦れ始めました。200メートル後には激しい摩擦音に変わり、タイヤがリムから外れ、フレームとチェーンに破片がはさまりました。自転車は倒れずに乗り続けましたが、損傷は深刻でした。

実は数か月前にカフカスでリムが薄くなっていることに気付いていたものの、交換を先延ばしにしていました。中国の道路脇、町から40km、補給地点からは何百kmも離れた場所で、唯一の選択肢は自分の先延ばしの結果でした。

そこで私は、万能なケーブルタイを使ってリムの割れを止め、タイヤを元に戻すという即興修理に挑みました。残念ながら、1kmほどでケーブルタイは切れ、リムはさらに割れました。仕方なく歩き始め、約5kmでタバコとバナナを売る地元の商人に助けられ、自転車を荷台に乗せてもらいました。

ジューガール(即興修理)の精神

タシュクルガンに到着したとき、町には自転車店がなく、途方に暮れていました。宿の階段下で、古くて擦り切れた子供用マウンテンバイクのホイールを見つけました。これが「ジュガール」――手元にあるものでなんとかやりくりする精神です。

タイヤのトレッドは残っていたものの、中心はすり減っていました。古いチューブをパッチし、リアブレーキパッドを外し、変速機を少し調整すれば、なんとか装着できました。

翌日、標高4,650mのクンジュラブ峠を越えるバスに乗り、屋根に固定された自転車と共にパキスタンへ入国。北パキスタンの山々は世界で最もドラマチックです。パッスゥのカテドラルリッジは、まるで病院のモニターの心拍線のように鋭く揺れています。

山々の影に小さな石と泥の村が点在し、アプリコットの果樹園や黄金色の小麦畑が灰色の岩と白い氷の風景に彩りを添えます。まさにシャングリラのような谷です。

この美しい景色の中で、リアホイールは何とか持ちこたえていました。毎日のように起こるパンクは、果樹の下で休憩し、景色を楽しむ口実となりました。

最後の危機と再びのジューガール

しかし、リムのわずかな歪みは次第に拡大し、前ブレーキだけの状態で急勾配や交通量の増加に不安が募ります。ギルギットへ向かう最後の日、ラカポシの北壁の下を走り、未舗装の道路でゴミが散乱した場所を通過したとき、タイヤは大きく裂けました。

雨の中、風が砂とビニール袋を巻き上げ、数匹の野良犬が見守る中、私はタイヤを一瞬だけ空気入れで膨らませ、できるだけ速く走り続けました。再びケーブルタイでチューブの破裂を防ぎ、何とかギルギットの街へとたどり着きました。

街に入ると、破れたタイヤと無数のケーブルタイ、そして怒鳴るように空気が抜けるチューブ。雨に濡れ、疲れ切った体で、古い木橋を渡り切った瞬間、ジューガールの精神が最後まで私を支えてくれたことを実感しました。

カラコラムハイウェイは、壮大な景観と過酷な自然が交錯する道です。その中での即興修理は、旅の困難を乗り越えるための創意工夫の象徴です。

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トラベルノート
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