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ランドローバー G4 チャレンジ – ステージ4

序章:コロラド川での激流

川面の立ち波がカヤックを上下に揺らし、まるで実際のジェットコースターのようだった。コロラド川は長くはなかったが、流れが速く波が立ち、楽しさが溢れていた。だが、チームメイトのフランクは白水パドリングの経験がなく、恐怖に顔を歪めていた。

急なシェールバンクの急流を下り、波の列に突っ込んだ瞬間、私はボートを波の頂点で回転させ、後ろ向きに叫んだ。「パドルを…もっと強く!」しかしフランクは緊張し、パドルはバタバタと動くだけだった。

やがて彼は音もなく横に倒れ、ボートの底が見えた。私は数回の速いストロークで位置を保ち、波に乗りながら彼が流れに乗ってこちらに向かうのを待った。フランクの頭が水面から顔を出すと、目は突出し息を必死に吸っていた。すぐに近づき、長年の訓練と経験を活かしてボートを救助、排水し、1分足らずでフランクを再び乗せた。

氷水で頭を浸したことで起きた「アイスクリーム頭痛」から回復しつつ、フランクは濃いフランス語訛りで言った。「あれは最悪だった、まるで黒い洗濯機に入ったみたいだ」。

ステージ4:ラスベガス発モアブ終点

フランクはフランス代表として2位に位置し、28日間にわたるランドローバー G4 チャレンジ・グローバル・アドベンチャーレースの優勝を目指していた。第4ステージはラスベガスから米国西海岸のモアブへ向かう最終区間だった。

マキシマイザー(雪の渓谷)

ステージは「マキシマイザー」から始まった。これは二国籍チームの合算タイムで順位が決まるレースで、開催地はスノーキャニオン。ラスベガスのイメージとは裏腹に、白い雪に覆われた寒冷地でスタートした。

ランドローバー G4 チャレンジ – ステージ4

オリエンテーリングの星形コースで始まり、続いて砂地のバイク走行、ボックスキャニオンの上り、氷のプールを渡って電子チェックポイント(ディッバー)へ。下りは砂が足をすくむが、再びバイクに乗り、スリリングなコースを駆け抜けてゴールした。フランクと私は好成績を収めた。

戦略ピットと次の日の計画

翌朝、戦略ピットで時間との勝負でどのステージに挑むかを決定。澄んだ空が広大な西部の景観を露わにし、ここが「ワイルド・ウェスト」と呼ばれる理由が実感できた。

フランクのミッションは順位維持とリードしているベルギー代表ルディを抜くこと。私のミッションはフランクをサポートしつつ、トップ8に入ることだった。

過酷なハンターズとハイライト

2000m 超の高地でのランニング、ラペリング、マウンテンバイク、オフロードドライブ、カヤックといった多彩な挑戦が続いた。特に巨大な砂岩の自然アーチからのラペリングは忘れられないハイライトだった。数年後、同じアーチの写真がスクリーンセーバーで流れたとき、思わず「俺、あそこからラペリングしたんだ…」と叫んだ。

セパレーターコース:ミニ G4 チャレンジ

セパレーターは多様なディシプリンを組み合わせた設計で、朝の強風が巻き起こす砂嵐がさらに難易度を上げた。16メートルのラペリングから始まり、マウンテンバイクでコロラド川のほとりへ。そこでカヤックに乗り換え、川を下る。川を抜けた後は「マトリックス」課題で精神的敏捷性をテストし、正解でレンジローバーの鍵を入手。続くオフロード障害コースと最後のジューンジュー(Jumar)クライムでゴールへ向かった。

フランクは川で転覆し、時間ペナルティを受けてルディに追い抜かれ、追いつくことはできなかった。私はマトリックスでミスをし、総合順位は8位にとどまった。

結果と表彰

最終順位はルディが1位、アラビア出身のクリスが2位、フランクが3位となった。ランドローバーは単なる「勝者が全て」ではなく、「冒険、真実性、胆力」を重視したレースを実現したと評価した。

さらに「チームスピリット賞」が授与され、受賞者として私の名前が呼ばれた。仲間からの信頼と貢献が認められたことは、何よりの誇りである。

余韻と帰路

シャンパンが全身に飛び散り、メディアインタビューが終わった後はビールとジャグジーで疲れを癒した。帰国機の中で、冒険の思い出と新たにできた友人、走り抜けたランドローバーへの敬意が頭を駆け巡った。スコットランド・ヘブリディーズの青空の下、帰宅した私は娘に「トップ・ジーザー賞」の話をした。

ニューヨークのスタートラインから地球一周のゴールまで、レースに参加した全員が冒険、友情、経験、そしてかけがえのない思い出を手に入れた。ランドローバーのビジョンを共有できたことに感謝する。

トラベルノート
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