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シャンバ、ハイデラバードの学校と孤児院を訪れる

シャンバ、ハイデラバードの学校と孤児院を訪れる

ハイデラバードへの旅

ニューヨークを拠点にワックス・スレッディング・シュガリングを提供するミニサロンチェーン Shobha の創業者は、ミシガン州出身ですが、幼少期の6年間はインドの祖父母と過ごしました。
ハイデラバードの湿っぽい空気を感じると、やはり故郷だと実感します。今回の訪問は、家族の新しい顔を見せると同時に、長年支援してきた孤児院と学校に再び足を運ぶための特別なものでした。

学校での講演

前回訪れたのは4年前。その時に18か月になる息子アーカッシュを連れてきました。アーカッシュは夫側の家系で5代目にあたります。全世代が一堂に会する姿を写真に収めたかったのです。

また、シャンバが立ち上げた Shobha's Home for Girls and Women についても紹介しました。3年前に、退職した教授で女性の権利擁護者でもあるヴィジャラクシュミ・ヴェムリ氏が運営する学校・孤児院の支援に関わり始め、私の母が直接施設を訪れたことがきっかけです。私たちの寄付で新しい建物が建ち、名前も付けられました。

赤ちゃんとともに約24時間のフライトを乗り越え、インド特有のコーヒー(ミルクとチコリ入り)で時差ぼけを解消。学校では、児童に「学ぶことの大切さ」を、母親たちには「規律と支援の重要性」を語る機会をいただきました。

講演前の夜は、英語で話すか、子どもたちが本当に理解できるテルグ語で話すかで悩みました。翌朝は、年長者らしさと親近感を演出するためにサリーを着用。夫のベンカト、息子、祖父母と共に、舗装の悪い道を30マイル走り、バスに乗り換えてようやく学校に到着しました。

校舎はシンプルで、机と椅子、黒板だけの教室。豪華な設備はありませんが、子どもたちの笑顔と熱意が溢れていました。講演は不完全なテルグで行い、出身やカーストに関係なく、教育が人生を平等にする力になることを伝えました。

自分の祖父母が教育のために多くの犠牲を払ったエピソードを交え、特に「子どもの結婚式のために学校を休ませない」や「親が余分に働いて子どもを教室に残す」ことの重要性を訴えました。感情が高ぶり、涙がこぼれました。

孤児院の様子

学校見学の後、シャンバの孤児院を訪れました。施設は清潔で、69人の少女と女性が暮らしています。少女たちは自分の部屋や共同スペースの掃除、料理の手伝い、野菜のカットなどの日常的な仕事を分担し、年長者は年少者の宿題をサポートしています。

手作りのおやつを振る舞ってもらい、素晴らしいダンスパフォーマンスも披露。息子のアーカッシュも思わず踊りに加わり、別れの時には皆で記念撮影を行い、感動の涙が溢れました。

シャンバのハイデラバードおすすめスポット

カランジャリ – 贈り物やサリーを買うならここ。価格はやや高めですが、品揃えは抜群で結婚披露宴用のサリーもここで購入しました。

レパカシ – インドの手工芸品が豊富に揃うお店です。

バリスタ – コーヒーチェーン。インド式コーヒーや紅茶が好きな私のお気に入りです。

ハイデラバード・ビリヤニ – インド全土で有名なフライドライス。屋台の味が最高ですが、体調を考えて ParadiseSwagath (Pakala Plaza)Hyderabad House などのレストランで安全に楽しんでいます。

チャルミナール周辺のアクセサリーネット – 露店が立ち並び、ミーナ・バザールのすぐ外にあるアクセサリーストールは特におすすめです。ミーナ・バザールは有名なサリーと布のマーケットです。


トラベルノート
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