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カヤックで遭遇したワニ襲撃体験

2005年5月13日 オーストラリア・ケープヨーク半島

ルックアウト・ポイントの南端を回り込んだとき、背筋に鳥肌が立った。背後を見ると、目のない二つの瞳と丸い鼻先を持つワニがカヤックの後ろを滑っていた。

恐怖が瞬時に全身を支配した。単なる虫に驚くレベルではなく、獲物として狙われているという本能的な恐怖だった。残り50ヤードの岸までの距離は、太平洋横断の余韻を噛み締める時間ではなく、心拍数が上がり続けるアドレナリンの嵐へと変わった。

「水の中に引き込まれたら、終わりだ…」と心の中で叫びながら、必死に表面へと漕ぎ出した。背後のワニは悠々と近づいてくる。パドルが砂に触れた瞬間、スプレイスカートのベルクロを引きはずし、コックピットから飛び出して振り向いたが、そこには何もいなかった。

手は腫れ、汗でびっくりしたが、何とか浜辺へ辿り着いた。潮の満ち引きの目安で荷物(木製二枚桿パドル、スプレイスカート、防水バッグ)を降ろし、次の荷物を積もうとしたとき、再び恐怖が襲った。

約15フィート(約4.5メートル)もの長さのワニが、黒いピッチにまみれた巨大な突撃槌のように波間を突き進んできた。低予算ホラー映画の怪物が現実に出てきたかのようだった。私はパドルを握りしめて水辺へ走り出したが、何をすべきかまったく分からなかった。水、食料、衛星電話がすべて引きずり込まれ、ゲームオーバーになるかと思った。

カヤックで遭遇したワニ襲撃体験

この場所はクイーンズランド州北東部の辺境、クックタウンから北へ120マイル離れた地点で、パプアニューギニアへ続くケープヨーク半島の最後の海岸線だった。ここには河口ワニが多数生息していることは周知の事実で、地元の人々の会話の至る所にワニの話が出てくる。

走りながら、午後ずっと頭の中でリフレインしていた80年代のディスコソングが鳴り響いた。「昨晩、DJが僕の命を救った…」というフレーズが、まるで自分の心を慰めるかのように繰り返された。

ワニは私のカヤックのすぐ向かい側に立ち止まっていた。全長よりも幅が印象的で、胴体の中部は約1メートル、背中は暗い楕円形の鱗が鎧のように重なり、腹側は滑らかなクリーム色だった。

私はカヤックの船体を盾にし、パドルでワニの鼻先を突いた。「うせろ、どっか行け!」と叫びながら。

ワニは口を開け、白く光る歯列を見せて低いシューという音を立てた。今までカヤックだけを狙っていたワニが、今や私そのものを狙い始めた。尾を上げ、口を半開きにしたまま猛スピードで突進してきた。

私は必死にパドルで抵抗したが、ワニの顎は1500ポンド(約680kg)もの力で握り締め、パドルはすぐに引き裂かれそうだった。絶望の中、私はパドルをワニの喉に突き刺し、何とか刃を抜き取って全力で振り回した。木が砕け、折れた端が手に残った。「くそっ!」と心の中で叫んだ。

カヤックで遭遇したワニ襲撃体験

ワニはすぐに深い水へと退いた。アドレナリンが全身に駆け巡り、嘔吐感が襲った。私はすぐに衛星電話を取り出し、ケアンズ在住のアウトバック専門家ジョン・アンドリュースに連絡した。「奴らはずる賢いが、登れない。高い場所へ逃げるべきだ」と助言された。

数か月前、バサート湾でキャンプしていた一家が同様の襲撃を受け、14フィート(約4.3メートル)の塩水ワニにテントから引きずり込まれたという事件があった。幸いにも息子が銃で撃ち倒したが、私には銃はなかった。

暗くなると、私は最後の荷物を背負い、狭く急な岩場の上へと這い上がった。足はむくみ、風に揺れる草の中で倒れ込み、蚊の羽音が耳元で鳴り響いた。頭上のヘッドランプが照らす海はオレンジ色に光り、遠くで何かがこちらを見つめているようだった。

左薬指のオーシャンリングを握りしめ、ゴールデンゲートブリッジの外で誓った「海と一体になる」という約束を思い出した。太平洋はついに私を通過させてくれたのだろうか。

この冒険は『Dark Waters』として出版されており、購入は billyfishbooks.com/Store から可能だ。

次号の Sidetracked では、13年にわたる旅路についてのインタビューが掲載される。

トラベルノート
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    はじめに 日常の些細な瞬間が、思考のクリアな瞬間を呼び起こすことがあります。その瞬間から生まれるアイデアは、全く新しい視点を提供し、最初は不可能に思えたことが実は可能であることに気付かせてくれます。アラスカでファットバイクが登場したことを知り、実際に乗り始めてから、私は自分の限界を試すインスピレーションを得てきました。砂の洗い流しを走ったり、スキー装備を身に着けて雪に埋もれたキャニオン道路を登ったり、未踏のローカルトレイルを探検したりと、ファットタイヤの自転車は他のバイクでは行けない場所へと連れて行ってくれます。 渓谷への挑戦 「これを引っ張ったら、もう戻れない…」と仲間のケビンに言い、ロープを引くと、100フィートの高さから地面に落ちる音が響きました。私たちは二度目のラペリングを終え、ファットバイクとキャンプ装備を背負い、未知の世界へと降りていきました。 先に何が待ち受けているのか?大きな流れで降りなければならないのか?バイクが通れない狭いスロットがあるのか?水はどれくらい深いのか?と疑問が頭を巡りますが、装備を整えながらペダルを踏むたびに、自然の彫刻に心を奪われました。 バランスを