シナイの花崗岩:砂漠の雪とベドウィンの冒険
冒険の始まり
真夜中にシナイ砂漠の奥深くへと足を踏み入れ、旅の疲労で意識を失い、薬の影響で昏睡状態に陥った。永遠に思える時間が過ぎ、やがて『アザーン(祈りの呼びかけ)』の音で目が覚めた。そこには、これから何年も心に残る景色が広がっていた。
雪に覆われた砂漠
ベドウィンのブランケットにくるまって裸足で凍える砂の上を歩くと、空気は不気味なほど静かで、すべての音がくぐもっていた。実は、夜間に激しい降雪があったのだ。赤海の灼熱からわずか三時間の距離にある砂漠で雪が降るなんて、信じがたい光景だった。
子どもたちはサッカー場の真ん中で初めてのベドウィン雪だるまを作り、ラクダは立ち上がるのに苦労し、人々はユーカリの薪で火を焚き、寒さをしのぐためにお茶を飲んでいた。古代修道院都市聖カトリナを守る山々は怒りに満ち、これから始まる冒険の予感を漂わせていた。
変化に適応する探検
探検の醍醐味は、状況の変化に素早く適応することだ。降雪はむしろ時間を取らせ、町をゆっくりと探索させてくれた。ジベリヤ・ベドウィン部族は質素な生活を送りながらも、親切に自分たちの物語を聞いてくれる人を歓迎してくれた。
山岳への移動
翌朝、雪嵐が和られたので、別ルートで山へ向かった。乾燥肉、米、毛布を積んだラクダとベドウィンの友人たちと共に、ジベル・サフサファ、ファラ、ラッバ、ムサの峰へ。太陽の光で雪が溶け、岩はきらめき、渓谷の水は溢れ出して滝のようになった。
ピンクの花崗岩クラック
夕暮れ時、ジベル・ウマ・ハ・シャウルのピンク色の花崗岩壁の麓に到着し、ベドウィンだけが知る秘蔵の洞窟で焚き火を囲んだ。ウイスキーを飲みながら、誘拐や金の棺、古代宮殿の話に花が咲いた。かつてベドウィンが語った、赤い花崗岩の崖に置かれた金の箱は、結局ただの岩だった。
しかし、実際の宝は、地域で最高レベルと評価されるクラックラインにあった。金の壁の向こうには、ジベル・ナガというさらに壮大な壁があるという噂があった。アーモンド、イチジク、ピスタチオの林を抜けたとき、初めてその巨岩を目にしたが、残念ながらその日は旅の最終日で、壁に背を向けざるを得なかった。
再訪と新たな挑戦
一年後、再び聖カトリナへ戻り、前回の思い出に浸りながら新しいルートを計画した。友人のマーティンは、北西壁の短いルートで夜になってから summit に到達し、迷子になった経験を語った。私たちはジープで町外れの小さな村へ向かい、そこから渓谷と峡谷を縦走してキャンプ地へ。途中、ヒョウやヤギ、野生のロバが共存する繊細な生態系に出会った。
道中、ケシの花が絨毯のように広がり、農家が収穫の準備で水をまいていた。彼らの茶席に招かれ、黒い歯で笑う若者が錆びたガソリン缶から水を注いだ。顔を映さない限り撮影は許可された。
クラック登攀と過酷な環境
キャンプは崖の麓に設営し、双眼鏡でルートを探した。天候が悪化すれば、キャンプに戻ってロープで降りるだけの安全策があった。ベドウィンは砂漠での生存術を教えてくれ、私たちは毎朝焚き火で新鮮なパンを焼き、赤い崖のクラックを攻略した。
結晶質の赤い花崗岩は手に厳しく、保護が少ないスラブへ続くこともあった。遠隔地のためヘリコプター救助は期待できず、最寄りの病院はラクダで一日、タクシーで四時間かかる。出血で命を落とすケースもあるが、毎日が新たな冒険であり、頂上に到達できなくても登攀そのものを楽しむことが目的だった。
帰路と次なる挑戦
体が傷だらけになり、近くのダハブの紅海で癒やしを求める頃、予定より一日早く聖カトリナへ戻ることにした。その直後、エジプト軍がケシ畑を捜索していることが判明し、私たちは危険地域にいたことが発覚した。トヨタ・ヒラクスが峡谷の入口を通過したのは、ベドウィンからの警告だった。
別ルートで山を越えて町へ戻り、シナイでの刺激的な体験はまだまだ続く。次回の旅計画はすでに進行中だ。




