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境界なき旅路

嵐の夜と避難所

薄明かりがテントの布を通して差し込み、目を開くとすぐに不安な夢は消えてしまう。前夜は激しい雷雨に見舞われ、テントは雨に浸り、装備はびしょ濡れになった。岩場の間にしか設置できなかった軽量シェルターは、重さを削るために内部テントを持たずにいたことが災いした。

雨が止み、カラスの鳴き声だけが響くコル・デュ・ローファーの上で、テントを開くと雨幕の向こうに廃墟の要塞が見えた。黒い銃眼が私の視線を引きつけ、周囲には錆びついた鉄条が点在している。

マジノ線の遺構へ

扉が開いているので中へ潜り込み、ヘッドランプを点灯する。ここはかつてのマジノ線の一部で、アルプスの高地に軍事遺構が点在している。兵舎、要塞、砲塔、機関銃巣などが自然と混ざり合い、岩や雪、マーモット、アイベックスといったアルプスの風景と共存している。

コンクリートの廊下を左右に曲がりながら進むと、風が二つの銃口の間を吹き抜ける部屋にたどり着く。外を見ると、岩盤と雪が混ざる斜面がラーチの林と紫色の花畑へと続いている。人間の痕跡はなく、自然だけが千年の時間を刻んでいる。

歴史の残響

第二次世界大戦中にここで戦闘が行われたことを想像し、砲弾の音が山々にこだまする光景が浮かぶ。高地の生活は単調だったのか、自然が慰めとなっていたのかは不明だが、要塞の姿はどこか似通って見える。

『NO BORDERS』の落書き

グラン・トラヴェルセ・デュ・メルカントゥール(GTM)を歩く二日目、村のスイッチバック道の脇にあるコンクリートバリアに『NO BORDERS』と書かれた落書きを見つけた。後に、このルートがフランスとイタリアの国境を横切ることに気づき、意味が分かった。

イタリア人ハイカーとの出会い

三日目、イタリア人ハイカーのフェデリコと出会う。彼は毎年この山脈を歩き、国境については「ここに住む人には関係ない」と語る。会話はやがて狼の話題へと移り、フランス南部では1990年代にイタリアから狼が渡り、現在は数頭の群れが生息していることが分かった。

山道と自然のリズム

日々、足が慣れ、森の中を走り抜ける快感に酔いしれる。マドンヌ・ド・フェネストレやヴァレ・デ・メルヴェイユで最高のトレッキングを体験し、天候が変わると霧に包まれ、遠くの雷鳴が山々に反響する。

翌朝、雨で濡れたテントを開くと、背後に巨大な廃墟の要塞――レッドゥ・デ・トロワ・コミューヌがシルエットとして浮かび上がる。ここは1945年4月、連合軍がドイツ・イタリア軍から奪還した戦場で、砲弾痕が至る所に残っている。

二つの世界の交差点

山を下りると、コンクリート壁に貼られた『PROTÉGER LE LOUP(狼を守れ)』のポスターが目に入る。狼のイラストと銃の赤い斜線が示すように、自然保護と人間の歴史が同じ場所で交錯していることを実感した。

この旅は、国境線が人為的に引かれた線に過ぎないこと、そして自然はその境界を超えて息づいていることを改めて教えてくれた。

トラベルノート
  • 深淵へ

    序章:雨の中の夜 ダンと私は交代でテントを出て雨の中を走り、緊急的にトイレへ向かった。体調が悪化するたびにキャンプマットに横たわり、屋根に打ち付ける雨音を聞きながら、アプリマック川の増水を想像した。胃の中で蛇のように蠢く不快感に苦しみつつ、暗い岩壁の間を流れる茶色い水の波に心が揺れた。私たちはまだ『アビスモ(深淵)』の中にいた。 ペルーでのカヤック旅 ペルーに来てほぼ二週間。標高の高い南西部の砂漠で、コルカとコタウアシの渓谷をカヤックで下り、ダン・イェイツとルイジ・カテリアーノという二人の水の守り手と共に旅をした。星空の下、砂浜で語り合う彼らの川への情熱は、昼間の急流と同じく私たちの心を揺さぶった。 コルカ渓谷では、穏やかな白水が岩壁の抽象的な地形を映し出し、狭い空の帯の中でコンドルが旋回した。壁が垂直でない場所では、数百メートルにわたる急な岩礫斜面が視界を奪い、想像だけで足を止めた。 渓谷の奥深くでは、巨大な壁と過酷な景観が私たちの依存心を映し出した。カヤックと装備への絶対的な信頼が、短いながらも濃密なコミットメントを生み出した。 コタウアシからアビスモへ コタウアシを離れたとき

  • アイスランド・ホーンストランドィルでの帆船とスキー探検記

    出航前の静かな夜明け 錨の音が私を目覚めさせた。紙のように薄いキャビンの壁を通して、重いチェーンが上向きにガタガタ鳴るエンジンの音が聞こえる。時計を見ると午前6時。出航までまだ2時間ほどある。山から吹き下りる強い下り風で、前夜は何度も錨を下ろした。キャプテンのオリが舵室で、ラキが甲板でチェーンを再調整している姿を想像しながら、騒音が止むのを待ち、残りの仮眠に入った。 朝の航海と壮大なフィヨルド 目を開けたとき、もうチェーンの音は聞こえない。エンジンの低いうなりと船体の揺れが、我々が海に出たことを告げていた。狭いクローゼットほどのキャビンを慌てて着替え、甲板へ走り出す。そこに広がっていたのは、光に照らされた波がキラキラと揺れる広大なフィヨルド。その奥には、真っ白な春雪に覆われた山々が、シマ模様のように斜面を彩りながら海岸まで続いていた。右舷側には巨大な岩壁がそびえ、背後からは雲が液体窒素のように流れ落ちていた。私はしばらくその光景に見入った後、カメラと三脚を手に取り、舵室で笑顔を見せるオリに合図した。 時間経過撮影の苦労と仲間たちの活動 揺れる船上で雲のタイムラプスを撮ろうとしたが、

  • マリシャン渓谷での過酷キャニオニング探検記

    序章:渓谷への挑戦 アキラが力強く漕ぎ出す様子を見ていた。普段なら筋肉の推進で水流を突き抜けられるはずが、ここでは白と青の渦巻く泡沫に抗えなかった。彼はやむなく流れに身を任せ、まるで排水口に引き込まれるクモのようにボウルの中を回された。水は白く沸騰したミルクのように泡立ち、私の胸中の混乱を映し出していた。マリシャン渓谷の高く垂直な壁は黒く滑らかで、白水のホワイトノイズと岩崩れの反響、そして私たちの叫び声という異様な音だけが響く。 その瞬間、ここに人が足を踏み入れたことはほとんどないだろうと感じた。もし脱出できるなら、アキラがプールの向こう側にある滝の上の岩棚へとたどり着くことが必須だった。勢いをつけて深呼吸し、残りの全エネルギーを注いだ。 計画変更と渓谷への道程 台湾に到着して二週間前、私たちは最初の目標である「チアカン」渓谷の初降下に挑むつもりだった。しかし、雨が続き水位は史上最高に。降下は不可能となり、別の目的地が急務となった。南部は雨の影響が少なく、カオシュン地区のマリシャン渓谷へ向かった。 二か月前なら渓谷の入口まで車で行けたはずだったが、8週間前にマグニチュード6.4の大地震